2006.07     トップへ

  by Ayumi NAKAYAMA

●06.08.01 サディスティックな幽霊
 谷中の全生庵には怪談噺で有名な円朝の墓があり、命日の頃、毎年、円朝の幽霊画コレクションが公開される。円山応挙から洋画家・高橋由一の和ものなど、掛け軸になった日本の幽霊がいっぱい!中でも、責め絵の伊藤晴雨が描いた赤ちゃんを守る父親の幽霊の形相がさすがにすさまじく、お父さんの愛情にうたれました(よく赤ちゃんにお乳をあげにくる若いお母さん幽霊の話はありますが、パパさん幽霊は珍しいですね)。
 昔は治らない病気も多く若くして死ぬ人も多かったろうし、今のように精神科もないし、家で死を迎えることが当たり前だったので、狂気や病気、死に日常的に接していたのだと思うけど、それだけ幽霊が出そうな気配にあふれていたのかもしれません…。また、こういう絵こそ、薄暗いお部屋で見るのがよいかも。(展示空間は明るかった)
 ところで、このお寺は幕末における江戸の無血開城の功績者・山岡鉄舟によって建てられたそうですが、隅田川の遊覧船は東京に縁の歴史上の人物の名前をとって、海舟と龍馬というらしく、それよりも私は海舟と鉄舟の方がゴロもよくていいんじゃないかと思うのですが、だめ?

●06.07.30 江戸の光
 国立博物館の特別展「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」。掛け軸、屏風など、昔は家具のように家の一部として飾られた形の作品が多く、昔の日本の家に近づけて少し暗めの照明でいて、季節や一日の中でも天気や時間帯によって異なるあかるさを演出するように、ゆっくり光量がしぼられたり戻ったり…という照明の中で絵を見ることができてよかったです。藤本由起夫さんは美術館は単に絵を見る場所でなく、作品と出会い体験する場である、という事をおっしゃって、展示の方法に様々な工夫を凝らされていますが、絵そのものを売るのではなく、鑑賞という体験を分ける美術館にはいろいろな空間演出があっていいと思います。

●06.07.28 かえるまんが
 みうら雅秋さんが描く『かえるまんが』には、主人公のかえる・ケロンのほか発言はクールだけど見かけは幼態というギャップが面白いおたま(じゃくし)、背中しか見せない猫のこずえちゃんなどが出てきます。一見、ほのぼの癒し系のようですが、ムーミンやスヌーピーにも通じる、ちょっと内省的なキャラクターや不器用ゆえの意地悪やいたずらも出てきて、そんな歪みを含んで成立するコミュニティ全体がラブリーです(なので表紙を見てスルーせずにちょっと中も見てください)。タコシェでも『かえるまんが』(4巻まで出ています)をお取り扱いしてますが、現在、青山のICHYS GALLERYでイラストとグッズの展示が行われています。

●06.07.27 連合赤軍
 07年問題を前に、団塊の世代の老後問題やライフスタイルをテーマにした本や雑誌『団塊パンチ』などが出ています。そんな中、団塊世代のお一人から“若松孝二に映画「実録・連合赤軍」を撮らせたい。”のチラシを手渡されました。50半ばの業界人でない紳士が、チラシを携帯して手渡すだなんて、熱い宣伝活動です。その心意気に、私も若松監督の半生記『時効なし。』を読み、映画を撮る中で連合赤軍や日本赤軍の当事者たちと関わり、以後、その事実を隠さず、自らの使命に生きる人々を支持する姿に侠気を感じました。戦争体験者が高齢化する中、その記憶を継承することが問題になっていますが、団塊世代もリタイアにさしかかった今、彼らの時代の闘いを当事者によって語っておくべきときが来ているのでしょう。幼い頃、解体現場さながら浅間山荘を破壊する映像に釘付けになりましたが、若松監督が映画を撮ることで、みんなの視点は山荘の外から中へと逆転し、歴史や社会を観る目も変わるのでしょう。

●06.07.26 不在
 不在をこれほどまでに痛ましく表現するメディアがあるでしょうか…。迷い犬や迷い猫・迷い鳥を探す、お手製チラシ。現在、家の近くにはオカメインコを必死に探すカラーコピーのチラシが電柱のそこかしこにあふれています。飼い主はフリーダイヤルを敷き、保護した人への謝礼も用意しています。特徴として「尻尾が擦れて短くなっている」「ニンジン、キャベツを食べ、よく水をのむ」「人なつこい」などとともに「まだ言葉はしゃべれません」をあげています。こんなところに、飼い主が夢見た未来さえ垣間見られたりします。チラシはかなり広域に張り巡らされ、目撃情報も出てきており、近所のちょっとした話題です。もしかして当のインコもこのチラシを見ているかもしれませんがはたして「俺のことだよ!」と思うかどうか、そして思ったとしても言葉が喋れないので思いを伝えられないのが悲しいです。

●06.07.25 北の国から
 国際子ども図書館で北欧の絵本の展示「北欧からのおくりもの」を観ました。北欧の物語のベースになる神話や伝説にはじまり、19・20世紀を中心に現在活躍中の作家まで。童話の世界も、民族運動の盛り上がり、戦争など社会の影響を反映しながら変化することを実感。“ムーミン”は有名ですが、「ニルスの不思議な旅」「長くつしたのピッピ」「スプーンおばさん」など、どこの国とも意識せずに眺めていた童話に北欧のものがたくさんあったと気づきました。それにしても、日本で明治時代に出版されたアンデルセン童話の本は、字がみっちりな重厚な本で昔の児童はこんな大人びた本を読んでいたのかしら?と思い、最近の学力低下を目の当たりにしました。というか大人の私でも完読できるかどうか疑問です。活字離れは恐ろしいものです。

●06.07.24 中国地方
 NADIFFで植田正治×佐野史郎×安珠の「つゆの“もう”ひとしずく」を観る。区切られた小さな展示スペースに出力した(?)植田正治のカード大の写真がランダムに貼られたり置かれていて、その中で安珠が撮影した、佐野が登場する植田へのオマージュ写真をプロジェクターで観ることができます。ショーケースには撮影に使った道具やメモ。誰かの書斎か作業場のような空間演出。
 売り場に大原美術館が出す、同館で行われた展示レビューをまとめた冊子シリーズを見て、終わった展示を記録したり反省点も論考している、そんな運営方針がすばらしく思えました。夏から秋にかけて植田正治写真美術館で「つゆのひとしずく」展がある鳥取、大原美術館の岡山と、中国地方に思いをはせました。

●06.07.23 木鶏
 夏が終わった、正確には夏場所が。今場所は露鵬がカメラマンを殴る事件をひきおこし土俵の外でも大相撲は盛り上がりました。私は幼い頃からお相撲を見ていますが、本で読んだり、祖父母や父母から聴く角聖・双葉山は、その取り組みを実際に見ることができなかっただけに、どんなにすごいお相撲さんだったのだろうと、想像するばかり。特に69連勝の大記録を打ち立てながら70戦目に負けたとき、どんな相手にも動じることなく無心に勝負に臨む心境に至らなかったと反省する「いまだ木鶏たりえず」という言葉は、これほど相撲に崇高な志を求めたお相撲さんはほかにはいないのじゃないかと思いました。現役では闘志を剥き出しにした一本気な稀勢の里関も大好きですが、感情を表さない白鵬関に惹かれつつ、双葉山みたいなお相撲さんは私たちの時代には出てこないのかなーとメシアを待つ気分でいます。
この機会に私のお相撲本ベスト3をあげておきます。
時津風定次ex双葉山「相撲求道録」
宮本徳蔵「力士漂泊」
石井代蔵「大関にかなう」
番外:大鳴戸親方「八百長」(相撲界の八百長を告発する本で、この本が出て間もなく、親方はなぜか死亡。相撲のことならゴシップだって好きです)

●06.07.22 今松師匠
 お芝居でも漫画でも、全く奇を衒ったり目新しい感じはないのだけど、そんなストイックさが意固地でも孤高ぶった感じでもなく、さりとて単なるいい人とは違って、クールな批評性で自分を律した表現を行う人がいます。一見、地味なようで、滋味があるというか…。そんなタイプの芸人さんとして、寄席仲間(寄席に行くと約束していたわけでもないのに出くわしてしまう同好の士たち)が、むかし家今松師匠を聴け!というのですが、師匠はあまり寄席に出ないので、私は生まれて初めて落語のDVD(avexから出ているのです)を買いました。これまで落語と言えば現役の噺家さんなら高座、故人ならテープだったのに(落語は話芸なので、CDよりもテープの方がちょっと戻って聴きたいときに便利)。ただ、DVDを買っても、高座を観る前に観るのはよしとこうかと小さな葛藤もありましたが、観てしまいました。しかも繰り返して。特別じゃないのだけど、毎食、お米を食べるように、リピートしてしまう。そんな非中毒性の繰り返しです。

●06.07.21  空間認識と会話
 最近、男女を問わず、長い間の知り合い相手でも、会話にはかなり緊張することに気づきました。「会話は慣れ」と言われますが、この日、慣れ以外の緊張要因を発見しました。
 店の近くの、ふだん入らない喫茶店に入ったのですが、広いフロアの真ん中付近の席に座ると、背後の空間が気になるのです。演出家として尊敬する岩松了さんは、背中にも目があるんじゃないか…というくらい鋭敏な人ですが、舞台から楽屋から客席まで劇場の隅々まで彼の神経はいつも行き届いているような気がします。演出家とはそういうものなのでしょう。とにかく、喫茶店では後ろの着崩したおじさんたちは景気ではなく刑期の話をしているし、広い部屋の真ん中にいると、空間全体に神経が分散します。反対に会話しやすい時は、店の隅や壁際で壁に寄りかかって向かい合わせの席の人とも向かい合わずに喋くっています。くつろいでいるのか、態度がでかいのか区別がつきませんが…。後ろに空間を背負わないと楽、だからお客様を上座や奥に通すのですね。お作法だけの問題じゃないことに気づきました。そして、ファミレスが苦手な理由もわかりました。ただ、私とは逆に広い空間の真ん中にいる方が話がノる人もいると思うので、そういう人とはどうしたらいいのか問題になりますが、その場合は聞き役になることにします。

●06.07.20 JUKU
 清水おさむ先生の自伝的作品『JUKU私の実録新宿歌舞伎町』。70年代、描き下ろし原稿を持って単車を飛ばしていた漫画家志望の少年がヤクザの車にはねられ、組事務所に運ばれシャブを打たれ…と数奇な運命を辿ることに---。70年代の歌舞伎町を舞台にしながら、ヤクザや夜の世界の妖しい人々、彼らが歌舞伎町に流れつくに至る凄絶な戦争体験、三島由紀夫や鈴木いづみ(らしき)実在の人物のエピソードがシンクロし、当時の漫画作品も併載され、複数の物語と実証的な記述とが同時進行する、自伝を超えた濃密な作品となっています。

●06.07.19 ミニコミ
 お店で扱っているミニコミ3誌を挙げて紹介するという短い原稿を書きました。書いていて思ったのは、ネットは人間の身体性を拡張する表現ツールで、個人の情報発信の多くはブログに舞台を移したけれど、人間の尺度にあった容れ物としてミニコミはしっくり来るような気がしました。私の紹介した本は、長い対談を刈り込むことなく掲載したり、地域雑誌だったり、野宿趣味の雑誌だったり、実際の体験・経験をその表現のスローさや情報量、ニーズなどなどにマッチした形として冊子にまとめていて、作り手が自らが販売も行っています。そのリアルな規模や形が魅力です。

●06.07.17 化け猫の季節
 「いましろさんの新連載がはじまりましたよ」と大西が少年向け雑誌『コミックボンボン』を見せてくれました。「化け猫 あんずちゃん」! これまでも、いましろさんの漫画にネコちゃんがさりげなく登場していたけれど、ついにが主人公に、しかも長生きのあまり巨大化して口まできく化け猫になって。とはいえ怪奇性・事件性はなし! これまでの青年誌と違うのは、コマとコアの間の余白に無数のネコちゃん模様がちりばめられていることでしょうか。今まで、単調なバイトの日々やうだつのあがらぬバンド活動といった無為な青春の日々を過ごした経験のある大人が胸の奥でシンパシーを抱いたいましろさんの作品が少年誌に登場、親子で読めるようになりました(あるいは大人が子供雑誌を購読するようになった?)。毎月15日の発売です。

●06.07.15 映像作家・真珠子さん
 ミヅマアートギャラリーで真珠子さんの新作映像を観る。自主制作の絵本『日曜ショック』と同じモチーフを使ったアニメなのだけど、顔が天狗で体がピンクの兎の“てんぐうさぎ”さんが首チョンパになったりくっついたり(血は出ません)、少女たちを乗せて飛ぶ黄色い鳥の翼がくるくる回転したりとれたりついたり…、絵本からは思いつかなかった真珠子さんならではの愉快な動きがたくさんあって、本を読んだうえで観た楽しみがたくさんありました。間もなく、熊本の美術館で映像を中心とした展示も行われます。お近くの方はぜひ! 階下では近藤聡乃さんの展示もあってテントウ虫ボタンの赤い水玉に埋め尽くされた会場で、テントウ虫のメタモルフォーゼが無限音階みたいに展開されるアニメも堪能できました。

●06.07.10 46000×n
 この日一日お参りすれば、46000日お参り分のご利益があるといわれる浅草寺の四万六千日。信仰心などないのに、なぜか例年この日はお参りしてしまう。もう46000日どころではない桁違いのヘビーリピーター!
 このリピート性、集人力って…、そしてあんなに沢山のほうずきがどこからやってくるのか…。いろいろと疑問がわき起こってくる。これも店員的な思考でしょうか。

●06.07.08 『ライチ光☆クラブ』のもとに
 『ライチ光☆クラブ』発売を記念して、古屋兎丸さんのサイン会。当日は学ランかセーラー服でいらしたお客様に古屋さんが特典をご用意しているということで、予想以上のコスプレ率。それもこの作品の登場人物にならった学ラン姿の女の子がた〜くさん! 店の中や、周りにはお化粧をキメた男装の女の子たち。みんながひとつの作品、ひとりの作家に思いを寄せ、同じ時にひとつの場所に集まったという偶然の必然が、彼女らの心もひとつにして、ある種のムーブメントか秘密結社集会のような盛り上がりを見せたのでした。
 地方からわざわざいらしてくださった方々もいらして、でもサイン会の間は、みんながクラスメートみたいになって、そんな女の子たちの様子を見ながら、「私の少女時代、青春時代はもうとっくに終わってしまったんだなぁ〜」とか「まてよ、それらしい少女時代、青春時代自体がなかったかも!?」なんて、若さに嫉妬してみたりして。

●06.07.07 虫取り
 夜遅くの帰宅電車の中で---
妙齢の女が背後の座席から立ち上がり、つり革につかまって私の隣に立っていた若い女に「髪の毛に虫がついているからとっていい?」と尋ねた。若い女は突然のことに一瞬とまどったが、「はい、ありがとうございます」と応えると、妙齢の女はティッシュで肩下までたらした髪の毛についた虫を捕ろうとした。が、虫がティッシュから床に落ちるや、サンダルで即座にそれを擦り潰し「踏んじゃったっ」と若い女に微笑み、次の駅で降りていった。
 ちょっと残酷な親切。

●06.07.06 今後はフランス経由の市場画伯も!
 市場大介さんの展示も7日で終わり。この春から、画業に専念された市場さんですが、この展示が終わってしばらくしたら、フランスに渡り、 展覧会を行ったり、マルセイユの小出版社le dernier criのアトリエで、編集・発行人のパキートさんらと共同作業で、アートブックを作るそう。これまで、太田螢一さん、根本敬さんら、個性の強い作家の作品を、ご本人の構成や彩色からはありえないような意表をついたアレンジ、ワイルドな手刷り印刷でアートブックに仕上げ、原画を思い切り解体しながら当の作家本人に感心されるという、奇跡的荒技を繰り出し続けてきうたインディーズ出版の雄だけに、どんな本ができるのか今から待ち遠しいです。市場さんの自主制作本は引き続き販売中です。


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