2003. October      トップへ

  by Ayumi NAKAYAMA


●03.10.21 花と蛇
 石井隆監督の新作が完成し、その試写会に。今回は団鬼六「花と蛇」が原作。
 石井さんはその劇画のヒロイン、名美のモデルでもあった奥さまを亡くされて、一時期たいへん落ち込んでおられたが、その後の絵や映像はどこか以前の作品の死んで幕切れという感じとちがって、死者の魂がそこに漂って交信しているような気配がある(と私は思う)。女の死場処に描かれた生き物のような人だま、皆殺しにされて無惨に屍を晒しながら死んだことにまだ気づいてないように中空に響くマブダチ同士の会話…。さて、今回の終わり方は---。

●03.10.20 毛皮族と杉本青子さん
 午前中から搬入、飾り付けをして開店までに、杉本青子さんが撮った毛皮族の写真を展示。杉本さんは革のジャケットにグラサンという出で立ちのいかしたカメラウーマンで、殆ど一人でテキパキと写真を飾ってしまったが、スタジオで働いているうちに動作にわずかの無駄もないように仕込まれたとのことであった。
 杉本さんは、大学時代から写真をはじめ、アシスタントなどを経験し、コンセプトや演出でみせるグラビアを展開している海外のファッション誌に魅了され、イタリアに渡ってスタジオで働き、などなどいろいろな経験を積んで、2年ほど前にフリーに。Matthieu MANCHE(シリコンやラテックスで作った体に装着できる立体作品や、ビデオ、写真、ガラスなど多様なメディアを使ったインスタレーションを展開するフランスのアーティスト)の作品撮影の際、作品を装着するモデルを探しているときに毛皮族に出会い、以来、その舞台写真を数多く撮影してきたというわけで、単なるカメラマンとしてでなく、ときにはスタッフ、そして熱心な観客の視点から、無名の劇団から注目の劇団へと成長してゆく毛皮族をヴィヴィッドに捉えています。舞台写真というよりは、まるで彼女自身も舞台に一緒にあがっているかのような至近距離からのライブ感あふれる作品や、海外に修行に行くほど好きなコンセプトや物語を感じさせる役者とのコラボレーションによる作品などなど、毛皮族の魅力だけでなく、それを捉えた杉本さんの視点も感じながら見ていただけたら、と思います。
 飾りつけをしながら、その後で一緒にご飯を食べながら、作品のことや作家さんの話を聴くのも楽しい。

●03.10.17 デヴィッド・サンドリン
 雑談の途中で太田螢一さんが「僕の周りはみんな子供ができてお父さんになったねぇ。パキートもそうだし、NYのデヴィッド・サンドリンもそう」という。私が「デビッド・サンドリン?」と聞き返すと、「うん、僕が兄のように尊敬するアーティストで、何度か会っているんだよ」。「もしかして、海底みたいな景色の中で人の顔がカンテラみたいに光っている絵を描くデビッド・サンドリン?」「そうそう、カンテラみたいだね」ということで、私が10年以上も前に偶然その絵をみて、すっかりファンになったものの、日本ではなかなか作品にお目にかかることのなかったサンドリンが、意外や知り合いの知り合いであることが発覚。
 私が、とても好きなのに作品集など手に入らないでいたことやら、どんな人だかずっと興味があったことなどを話すと、太田さんは彼の見たサンドリンについて教えてくれたうえに「僕も、サンドリンがもっと日本に紹介されていいと思っていたんだ」と言って、さっそくいろいろと手配してくれて、なんと数日のうちに私の手元に画集やカードセットのサンプルほか参考資料がどんと届いた。
 聖書や文学作品を遠景に、アメリカのサバービアや自身や妻を登場させた絵は現世を挟んだ天国と地獄のループのようで、不気味なんだけどどこか神々しくもあり、とてもすばらしい。でもって、そのサンドリンが自主制作した作品集とカードセットがタコシェにも入荷することになりました! 10年ごしの片思いが意外な形で急進展。

●03.10.13 Schattenbild
 仕事の間、タコシェを抜け出して、松濤美術館の合田佐和子さんの展覧会「Sawako Goda Schattenbild 1958-2003」のプレイベントへ。廃物や収集品などを集めて作ったごく初期のオブジェから、油彩、写真とこれまでの軌跡をたどる大規模な展覧会。アラーキーがタナトスグレイを呼ぶ、ブルーグレイがかった油彩の数々、その昔の銀幕の大女優たちを描きならも、それはみなどこか地球発--宇宙経由で合田さんに取り出されたもののよう。アーカシックレコードから掘り出してきたもののようでした。目玉の絵も思ったより大きく、拡大というよりはデフォルメというくらいに大きさから受けるインパクトがありました。また、合田さんが手がけたポスターや本のカバーなども展示されており、角川文庫になった唐十郎さんの作品の一連の表紙がとてもすてきだった。11/24日まで開催されています。

●03.10.08 衰える体力
 イベントが続くと一ヶ月くらいまったく休みがとれず、チラシ配りや荷物運びもあって、年のせいかすっかり疲れやすくなっています。世間では私よりも明らかに仕事をしているであろう人がたくさんいますが溌剌としているので、私は元来がなまけ者なのだろう、と気づきはじめています。
 9月の末からこれまで無縁であった腰痛に、立ったりしゃがんだりにも注意深くなり、ほかにもいろいろ心配なことがあったので、去年の暮れにもレントゲンを撮りにゆきましたが、また病院に検査を受けに行きました。
 病院へ行くタクシーの運転手さんの話。「俺もT病院には子供が小さい頃に喘息の発作をおこしてよく通ったよ。その子供にももう高校生の子供がいて、俺もおじいちゃん。でもね、こんな年になってもまだ女の尻を追いかけてるんだから、いやんなっちゃうよね。実はね、私、バツ2でね、あともう一度だけ結婚しようと思って交際しているひとがいるの」
 超音波で腹の中を見た医者はまたも「何もなさそうだね」と言いました。何もなさそうだし、重いものを持たないようにしていたら腰痛もかなり楽になってきたので、次のイベントまでのあいだ、地道に本の品揃えなどに力を注ごうと思った次第。

●03.10.02 松倉如子ライブ
 宮沢章夫さんが、教え子でもある松倉如子(ゆきこ)さんの歌手活動のプロモーションにライブを企画した。大学の授業でテキストの朗読を行ったところ、松倉さんの声や趣がことのほかよく、公演で劇中歌を歌わせたところが大当りで、歌の方面での活動をすすめてきた結果、東京ライブを画策するに至ったわけである。
 芝居に関してはノウハウを蓄積している宮沢さんだが、歌手に関しては全くの初心者。京都から松倉さんを呼び、まずストリートで歌ってみようと街にくり出すが、路上の作法を知らず、松倉さんや、ライブのために協力を申し出た役者や関係者たちと、路上パフォーマーを観察してにわかに備品を用意したりという、いい大人たちがそろって何をやらかすのか…という事の次第は宮沢さんの日記に綴られているのだが、そんな手続きや順番などを知らずともやらずにはいられない皆さんの夢中にひかれて、恵比寿のライブへ。
 関西弁を話す人の中には、ふだんのおしゃべりも音楽のような、音楽と会話の境目がないような人がときどきいますが、松倉さんもそんなかんじ。声や雰囲気は全然違うし、若い女の子とおっさんを一緒にするのはどうかと思うけど、なぜか憂歌団の木村さんを思い出してしまいました。



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