2003. September      トップへ

  by Ayumi NAKAYAMA


●03.09.29 めぐり会い
 安田謙一「ピントがぼける音 out of focus, out of sound」をランダムに読む。楽しい本に説明や感想なんていらないけど、とにかく朝まで読んでしまいました。幼い頃、父と一緒に観ていた時代劇「素浪人花山大吉」。いまでも蜘蛛を観ると品川隆二を思い出す私ですが、亡き父以外にその楽しさを語る相手がいなかったのに、この本は大吉への愛もいっぱい。心の中にたまっていて発露を失っていた私の大吉愛も昇華され、知らず知らずセラピーにまでなる一冊です。

●03.09.27 チャペックふたたび
 印刷博物館に「チェコにみる装丁デザイン」展を観にゆく。鎌倉でのチャペック兄弟の展示に続いて、兄ヨゼフの装丁仕事やチェコ・アヴァンギャルドの仕事をいろいろ見ることができました。少ない色数とシンプルな模様のヨゼフの装丁はかわいらしくて、多くの人に影響を与えてその流れをくむ他の人々の仕事も多くみられるけど、やっぱりひと味違う〈かわいさ〉が。なんなんでしょうねぇ。こんなかわいいものを作るおじさんがいただなんて。国民的アーティストであったヨゼフは第二次世界大戦中、ゲシュタポに捕らえられ終戦を待たずして、亡くなってしまう悲運に見舞われますが、ヨゼフの仕事はそんな運命とかけ離れたかわいさにあふれています。

●03.09.26 本づくり
 「デザインの現場」でタコシェは、自主制作の本などを取り扱う店として紹介していただいたが、今回の特集では、アート系自主制作本について。作り方から、流通の仕方まで、一通りのノウハウをフォローしたうえで、ユニークな本、クオリティの高い本の制作を手がけている方々を紹介している。本を作ろうとしている人にはとても参考になると思う。取りあげられた本でタコシェでお取り扱いのもの〜牛若丸出版の本、トン子ちゃんboxのasyl design、Bluemark、appelなど〜も多かったので、改めてそのよさを確認したり感謝したり。

●03.09.25 裸CD
 川西杏さんが久々にいらして、CDの新譜を納品してくださった。60歳を過ぎても曲がどんどん浮かびCDにするのが追いつかない川西さん…。世の中の事件や問題にあわせて次々にニュースのように曲ができるため、その鮮度を第一に納品ということでジャケットも完成しないままの裸の納品。できたらライブなどで配布するから、とのこと。相変わらずエネルギッシュであった。

●03.09.20 ソウルメイトを観に…
 最終日ギリギリに池松江美さんの「ソウルメイトを探して…」を観に、中目目黒のミヅマアートギャラリーへ。新作を含めた池松さんの手作りの立体を見ることができた。鋭い視点はそのエッセイなどと変わりないのだけど、立体作品はそのハンドメイドのかんじにほのぼのしたものもあって、フリペやミニコミを作っていた頃からの一貫した池松ワールドを堪能できました。帰り、オシャレな街・中目黒で遊びたかったが、どこに行けばよいかわからず、結局、仕事に戻る。

●03.09.19 嵐のように過ぎ去る絵
 約三週間にわたる太田螢一さんのフェアも終了。ご来場どうもありがとうございました。長い間かけて準備してきたことや、期間中の賑わい、それと同時進行する太田さんの作業…と慌ただしくも楽しくて、終わってしまうのが寂しい気分、だけど20日からは京都での巡回。打ち上げも寂しさにひたる間もなく、絵画の梱包・発送作業が。タコシェでの展示が巡回されるのもはじめてなら、東京の展示から中一日にして京都というタイトなスケジュール。なんとしても間に合わせねば…と額を何重にもガシガシ梱包。そして運送業者へ手渡す。24時間もしないうちに絵が京都に着いて展示されるだなんて、すごい、というか本当に大丈夫…??という気持ちで見送る。台風も気になるけど、どうかトラブルなく着きますように。そして向こうで喜んでもらえますように。

●03.09.14 鳥になった本
 千葉県佐倉市立美術館に『カオスモス03 MINDSCAPE』という展覧会を観に行く。タコシェに回文の文集を納品してくださっている福田尚代さんもこれに参加していてらっしゃるのだ。福田さんは小さい頃から回文による言葉遊びが好きだったらしく、「核武装とうそぶくか」、「核より無力か」、「罪の血は蜂の蜜」など、今回の展示にもその断片がちりばめられていた。
 ふつう回文というと、上から読んでも下から読んでも同じという点に力がおかれて音ばかりを整えて意味のないものも多いのだけど、福田さんのはその字面も響きも文学的で、むしろ俳句が5・7・5の制約によって独自の表現を極めたように、回文という規制によって日常では出てきそうにない言葉の組み合わせがあらわれて、意味ありそうでない、意味なさそうで哲学的・詩的な短文をたくさん創作している。
 展示物も文庫本のページを織り込んで作った鳥のオブジェがあって、その文庫本の群れを眺めていたら、本は文学である以前にモノなのだな、という感覚に。本を売っていれば、同じタイトルの単行本をまとめて運ぶときなど「ハードカバーは重いんだよね」と思ったり、凝った装丁の本を眺めながら「こういうカバーのカットは傷みやすいし汚れに弱いんだよね」というように、本のコンテンツよりしばしばモノとして見ていることがあるのだが、展示では、それよりももっと純粋にモノとしての本が提示されているよう。だけど、ときどき、本の中のセンテンスがちらと読めるようになっていて、これがただの紙の束でないことを思い出させてくれる。
 モノと音と意味の間の溝にある福田さんの作品、興味深かった。

●03.09.13 LE DERNIER CRI
 急ぎの必要があって、太田螢一さんからフランスの小出版LE DERNIER CRIの本をいろいろお借りする。これまでにもLE DERNIER CRIの本はいくつか見てきたけど、以前から、代表者のパキートと親交のある太田さんはいろいろな出版物を贈られていて、私の見たことないものもお持ちなのだった。
 LE DERNIER CRIは本や、版画、映像などいろいろなものを出しているのだが、本の多くはセリグラフとオフセットを使った1000部ほどの小出版。毒々しいくらいに鮮やかな色が、ときには昔のメンコみたい(わざと?)版ずれしたまま重なりあい、赤と青のセロハンメガネで見る立体視の印刷物みたいだったり、いろいろな色や質の紙にセリグラフ、オフセットを組み合わせた印刷の紙を力任せに閉じて裁断してしまったような、ワイルドさに、次のページはどうなっているのかな、という単純なわくわくがある。
 特にHOPITAL BRUTというシリーズはアメリカ、ヨーロッパ、日本、アフリカと各地のアーティストの作品を素材にその編集、印刷の技術が発揮されていておもしろい。彼らに素材を提供したアーティストはまず、元の絵が自身の完成図とはうってかわって、めちゃめちゃずたずたにされているのに驚き、驚きながら、その大胆な料理方法に感服して、もっと、めちゃめちゃにされたい!と喜ぶらしい。太田さん自身も、「ときには描いてないものまで足されていてびっくりしちゃうんだけど、すべてをひっくるめて増幅されて面白いものにしてくれるから、どんなふうにできあがるかがすごくたのしみなんだ」とのこと。
 しかし、今回、LE DERNIER CRIの印刷を見てたら、太田さんは単に彼らに素材として絵を提供しているだけでなくて、LE DERNIER CRIの仕事によって、手刷りや以前からの印刷の面白さや技法をますます確信したんじゃないかと感じた。自らシャツや文具などへプリントするその方法は、LE DERNIER CRIにすごく通じるようで、10年ほどの親交で互いに響きあう活動が行われているんじゃないかと思うのであった。

●03.09.09 またしても売り物に目が
 ワタリウムに伊東存『きんじょのはて』展を観る。外苑前のモダンなビルの吹き抜けの壁に這いあがる、たくさんの人たちの手による豚の塗り絵。ローテクな手法、不思議なネットワークで埋められてゆく洒落たたたずまいのビル。愉快。オープニング・パーティのM.A.G.Oの演奏も短かったけど楽しかった。しかし、一方で、ここでもやはり私はグッズ展開に目が走り、Tシャツを手にしては「ほほう、オリジナルタグぬいつけで、刷り色は、シャツ色ヴァリエーションは、で値段は」などと、バーゲンあらしのおばちゃんのように品物をチェックしてしまう。
 そこで出した結論。店構えとしては、タコシェは小さくて下世話だが、売っているものははずかしくない!
 ってことは作家さんは頑張っている、私がもっと頑張らなくちゃいけないということかな。

●03.09.04 アクシデント
 いつも通り、医者に行った帰り道、歩道の花壇に前屈みに腰掛けているおばあさんがいたので「どうなさいました? お加減が悪いのですか?」と声をかけると、おばあさんは、涙目で私を見て「大丈夫です。家人と喧嘩をして家を出てきただけで、近所のものです」という。さらに「優しい言葉を掛けていただいて、ほんとにあなたは私の生き神様です」と立ち上がり、手を合わせて私を拝み出したので、たじろいだ。おばあさんは一気に、明治43年に赤坂区で産まれ、21歳で嫁ぎ、子供を何人か産んだが、後年、長男に先立たれてしまい…と身の上話を始めたのであったが、仕事のアポを直後に入れていた私は(東京の市井の人の昔話は大好きなジャンルだが、一世紀分のヒストリーを聞いていたら遅刻してしまう。ああ、薄情な生き神様だこと)との思いが頭をよぎり、そんな気配が漂ったかどうかはさだかでないが、おばあさん自身が、はたと、路上で立ち話などして近所の人や家人に見られてはまずいと思ったのか、本当の神様の思し召しか、話を切り上げてくれ、「本当にありがとうございました」と再び拝まれながら駅へと急いだ。
 少し遅刻しつつも打ち合わせを終え、銀行まわり。先週できなかった仕事もこの週末で元のペースに戻すべく出かけ、駅近くを歩いているとき大きな衝突音。驚いて見ると、私の後方のワゴン車に単車が突っ込み、車の後る、粉々に飛び散ったガラスの上にバイクと人が倒れていた。バイクの人は意識はあるみたいだけど動けず、二車線の内側の車道に近づくこともできず、私は歩道からしばし茫然と観ていた。やがて車から運転手が降りてきて「まいったな…」といった調子で自分の携帯で連絡をとっているようだったが、(そんなのんびりじゃダメ。なんとかしなくちゃ)と思いたち、近くの交番のおまわりさんを呼びに走った。
 私は人前で何かを話すのが苦手なのだけど、路上の喧嘩や事故、ケガや病気など発生時は、かなり仕切るタイプなのだ。「はい、ケガ人そっと移動、車道確保して」とか「はい、みんなで救急車誘導」とか野次馬たちに声をかけてみんなと一緒に手を振って「救急車、こっち〜」などという具合。その言動はただのおばちゃんなのだが、なんでそうなっちゃうのか自分でもわからない。こういうときだけ江戸っ子になるのか? しかし、今回は大ケガで私一人で中野通りの交通整理などできないので、おまわりさんを呼ばなくては。交番まで走って、手の空いたおまわりさんを捕まえて「事故です」と言ったとき、やはり後から、知らせに来た男の人が「ガードの下で単車が車につっこんだ」とかぶせるように言った。それで報告が済んだら、何か足の力が急に抜けてしまって(お、テレビドラマなどでへたりこむのはこういうときなのか)と思いつつ、ガクガクする足取りでそのままUFJ銀行へと向かったのである。仕事をする前にもうすでに一仕事終えたような脱力感であった。

●03.09.03 螢市場開幕
8/30の太田螢一さんのフェアの前後は、月末と年度末と準備とといろいろ重なり忙しかったというか、とにかく荷物の量と移動がたいへんでままならなかった。というのも余裕を見て準備をしない自分のせい。DMの仕上がりがギリギリになってしまい、印刷屋さんにとりに行ってそのまま5千枚を抱えて中央線沿線に配布。配布しながら、訪ねた先のお店のチラシを預かったり買い物をするので、荷物は減らない。飲み屋に行けば「一杯どお」と言われて、本当に飲んでしまうからいよいよ忙しい。今回、西荻の音羽館を訪ねた際に、高木東六の「とうろくらぷそでぃ」(中公文庫)を購入。幼い頃、「家族そろって歌合戦」の審査員として日曜のお昼に登場し、毎回、会場となった都市の名前を読み込んだ俳句(芭蕉の「松島や、ああ松島や〜」に倣って、鹿児島や〜、とか大阪や〜とか変えるだけ)を詠んでいた上品なおじいさんの東六先生が、自らの青春時代の性体験を記したものなのだが、鶴光の深夜放送みたいに露骨な表現があったり、身勝手な浮気の言い訳などが書かれていて、電車の中で読んでいてにんまりしてしまう。重い荷物を移動する車中で私を笑かしてくれるじいさんのエロ話。ありがとう東六先生。
 というのはともかく、DMを配布中には強引な自動車にカートをどつかれ、涙し(「危ねぇじゃねーか、ノータリン」と言いたかったが、そんなことを言ったらカートだけじゃなく私まで轢かれそうな殺気だった運転手だった)、初日前日にポスターをとりに行けば、マット紙じゃなくコート紙に印刷されていて、「急ぎでやり直してください」と言えば、印刷屋さんが「明日の昼に間に合うように裁断した場合、色落ちや汚れがあっても責任を負いかねます」なんて言うのを、なんとか話をつけ、B1の額やポスター用パネル、準備に必要なボール紙の束を抱えて立ち往生し、その間も太田さんは家で飲まず食わず眠らずで作業をしているのだが、フル稼働でも、誠実・丁寧な仕事ぶりの太田工房は増産が難しく、Tシャツの半分以上は初日があけた直後に届き、その場でアイロン掛けしたり、袋詰めするという、展覧会どころか実演販売になってしまい、さらにはお待ちかねのお客様がシャツの入った段ボールからじかに品物を出してみるというワゴンセール状態が展開されたのでありました…。タイトル通りに市場らしいといえば市場らしい雰囲気ですが。(さらにできたてのものが随時入ってくるのも市場らしい)
 4年前から準備していたはずなのに申し訳ありません。初日あけても太田さんの作業は終わらずタグを作ったり文具を刷ったりで、さすがに日曜日に文具をあずかり「一段落、いったん休みをとって作業をしましょう」と伝えたところで、太田さんは久々に仮眠でなく休んだようでした。
 いたらぬことが多くてすみません。締め切り過ぎたり、お問い合わせなどの返事が遅れたりで皆さんにご迷惑をおかけしております。


過去の日記
 2003年08月の日記
 2003年07月の日記
 2003年06月の日記
 2003年05月の日記
 2003年04月の日記
 2003年03月の日記
 2003年02月の日記
 2003年01月の日記
 2002年12月の日記
 2002年11月の日記
 2002年10月の日記
 2002年09月の日記
 2002年08月の日記
 2002年07月の日記
 2002年06月の日記
 2002年05月の日記
 2002年04月の日記
 2002年03月の日記
 2002年02月の日記
 2002年01月の日記
 2001年12月の日記
 2001年11月の日記
 2001年10月の日記
 2001年09月の日記
 2001年08月の日記
 2001年07月の日記
 2001年07月の日記
 2001年06月の日記
 2001年05月の日
 2001年04月の日記
 2001年03月の日記
 2001年02月の日記
 2001年01月の日記
 2000年12月の日記
 2000年11月の日記
 2000年9.10月の日記
 2000年8月の日記