Diary 2002.10  トップへ

by Ayumi NAKAYAMA



●02.10.31〜 映画秘宝まつり
 無事に税金の申告をすませ、オールナイトの映画上映&イベント「映画秘宝まつり」に参加。松梨智子さんも、設営から参加してくださり、久々の物販。最新号のP.Gに特集されている里見瑤子さんもイベントに参加するためいらしてて、ギャルショッカーのコスプレ姿で自らの特集号の販売に立ち会ってくださり、タコシェは女優二人が売り子をするゴージャスな店に。松梨さんは、急遽、飛び入りで舞台に立つことになり、持参したDVDの一部も上映されたこともあって「毒婦マチルダ」は完売! その後も、販売を手伝っていただきタコシェも予想していたより品物が売れた。上映時間には映画もしっかり鑑賞。「龍虎兄弟」の舞台挨拶に来た哀川翔がかっこよく、「ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲」「FOXY BROWN」それぞれの作品が面白かった!朝6時に映画館を後にしていったん帰宅。

●02.10.29 電気の力
 なんとか申告のための作業も終わり。苦手な仕事で神経がぱつぱつな時期に、二日酔いの迎え酒よろしく手にした蔵書は式場隆三郎の「二笑亭奇譚」であった。畸人・渡辺金蔵が大正末から昭和初期にかけて、何度も手直ししながら門前仲町に建てた珍奇な自宅「二笑亭」。建築の定石などおかまいなしに、絶妙なアンバランスと茶人趣味?で思いつくままに不思議なマテリアルを使って建てられた、あきらかに変人の家とわかる建物…。やりすぎた金蔵は家族の要請で精神科へひきわたされ、その主なき家に乗り込み調査し、建物と金蔵という人物を調べあげたのがこの本である。
 金蔵の存在が世に広く知られるようになったのは、当時、庶民はもちろん商売をやっている家でも手が届かずにいた高級品の電話を無償で返すという行為が発端であった。が、そのエピソードを検証する藤森照信によると「戦前の精神病には“電気症候群”とでも言えるものがあったという。目に見えないのに働きだけが現れるという電気の不思議な性質は、当時の一部の人々にあるおかしな影響を与えた。たとえば町の電気屋さんがある日突然、天からピッピッと届けられる“神”の啓示を聞いたり、あるいは、電話の受話器を通して別世界からの指令を受けたと主張してやまない礼などが数多く見られたらしい」というのである。
 なんか今日の電磁波にも通じるような…。電磁波そのものの作用と電磁波への恐怖が生み出す作用で電磁波は強力になるのかも。

●02.10.29 鬱々
 申告の作業で「鬱」の一言につきる状態。日曜日に猿回しを偶然見て、ほんの短い期間だったけど、猿回しの取材をしていた私は、それを思い出し、猿まわし資料(衰退して伝承者がいなくなった芸能を復興させようとして手探りで猿回しを作ってゆく感動的な記録とか、リバティ・センターで出している本など)を紹介しようと思ったのだけど、肝心な本たちが見あたらずに、さらにさらに鬱がつのってゆくのであった。申告が終わったら本を探して紹介しましょう…。お猿さんだけ見て貰う。

●02.10.25 よいものを伝える形
 ここ何年か、見かければ「暮らしの手帖」を買っているが、その「暮らしの手帖」が今出ている号で第3世紀100号を迎えた。100号を一世紀と数えてまるまる3世紀だから通算300号。広告などをとらずに、流行やブランドに関係なく良質の品物を紹介し、消費者の立場に立った独自の製品調査によって支持を得てのロングランで、たとえば暮らしの手帖ではとりあげないけど、Macについてリサーチしたら「奥様が家計簿をつけるのに利用するのなら、すぐにOSXにヴァージョンアップする必要はないでしょう」なんて書くかしら?などといつしか「暮らしの手帖」ならば、という仮定法が頭の中にできてしまった。第4世紀(11/25)からは表紙も判型も変わり新たなスタートをきるらしいので、今後も楽しみ。
 もうひとつ、やっぱり、流行やブランドにこだわらずに、良質なものを取材して紹介している雑誌としてあげられるのに「EASY TRAVELER」がある。こちらはまだ5号目だけど、「FASHION」特集の今回は、町のテーラーで女性もシャツをオーダーできるというなかなか気づかなかったおしゃれの方法や量産より質やスタイルを大事にしてジーンズを作る京都の小さなお店などを、カラーグラビアなしにシンプルに伝えている。(写真もおしゃれな誌面をつくるためにあるのでなく、伝えたい品物を見やすく撮っているかんじ、なのだ)
 新旧のよいものにこだわり、誠実に伝えようとする雑誌2種、でした。
(写真はそれぞれの最新号、ピンぼけ)

●02.10.24 申告とイベントの準備と…
 税金のための申告の締め切りもあって、細々とした経理の仕事も多い。タコシェは1000件くらいの納品者があるので、税理士さんがみても作業がたいへんなのだそう…。経理は苦手な仕事なので、ついつい店の奥でコーヒーや甘いものを食べながら作業をして少し過食症な気分…。
 というのはともかく、31日から1日にかけての東京ファンタスティック映画祭の出店の準備にも着手。店員たちに「一晩中売り子をしないといけないんだから売れそうなものをピックアップして。若くもないのにタコシェで仕事をした後で夜7時から朝まで徹夜で働いて売れずにそっくり荷物を持ち帰りたくないじゃない。そんな体力はないわ。考えるのよ!!」などとわがままをいい、「上映作品はOZAWA監督ですか。じゃあ、OZAWAのCDを入れましょう」てな調子で変わったものを集めてもらいつつある。
 それから、話はぽんぽんとぶけど、ごくたまに、通販で、なんでもいいから○○円相当のおすすめのミニコミを入れてください、なんていうことがある。こういうときはお客さんの予想や期待以上のものを送りたい!と組み合わせなどを考えてはりきってしまう。でも、こういう通販もいいんじゃない?と思った。ワインにソムリエがいるみたいに、お客さんに著者や書名を指定してもらうんじゃなくて、漠然と好みをきいて本をセレクトして送ったり、あるいはセレクトしたものの中から選んでもらう、という方法。自分の予想してないものや知らないものに出会うって楽しいもの。どうだろう??

●02.10.23 大阪in タコシェ
 雑誌「大阪人」が入荷して、大阪発信の雑誌が増えたので、タコシェの棚に、日本のラテン大阪コーナーを作ってみた。毎回、中島らもなど大阪の作家やアーティストのロングインタビューを持ってくる「胡散無産」、さらに大阪人の生活に密着した記事(たとえば東京よりも親しまれているチャイを特集するなど)の「雲遊天下」…。
 「大阪人」は東京にいながら読んでも面白い。写真や図版を多用しながらも情報誌とは違って、しっかりと特集の内容を掘り下げて、歴史や証言などを盛り込んでいるし、モダン建築を毎回紹介していて、その写真を見るだけでも美しいし。お笑いやたこ焼きの特集もあるけど、その一方で前衛写真集団や万博の特集もある。
 かつて、大阪に行ったとき食事をごちそうをしていただけることになったが、「うどんはどうですか?」と聞かれて、「関西風のうどんは好きですけど…うどんはごはんと違います。代用食、おやつです。もっと、こう米の飯を…しっかり腹にたまるものじゃないと」と答えたところ「ああ、東京の人はね…」と呟かれた。
 このときの「東京の人」には、少し呆れたような困ったニュアンスを感じなくもなかった…。東国の蛮人のように思われてもいい、米の飯が好きだし、鍋の中で黒いおつゆの底に沈んでよく味を吸ったお雑煮のくずれてドロドロになったお餅のおいしさはあの上品でうまみの強い関西風の出汁じゃ味わえないと思うし、そんなものを、寒い夜の帰り道にたまに思い出す、私は東京の人。でも、大阪の本は別腹。

●02.10.21 山の上ホテルで
 雨。濡れて売り物にならなくなると嫌なので、こんな日は仕入れを避けるのだが、目当てのものがあって神田へ。あいにく品物は切れていたが、そんなガッカリとズボン裾のグッショリを忘れるべく喫茶へ。
 リンゴが出回りだしたこの季節。カレーのおいしい共栄堂のもうひとつの名物・焼きリンゴも10月にはいって再びメニューに載ってはいるが、ここは、常盤新平「山の上ホテル物語」(白水社)も出たところで、山の上ホテルへアップルパイを食べに。
 ムーミンのトーベ・ヤンソンもこのホテルを愛したときいてから中学生だった私は、通学途中でぶらつくお茶の水で公衆電話(当時、中学生は誰も携帯など持っていなかった)をかけるときは、わざわざこのホテルのロビーを利用し、そなえつけのメモ用紙を使っていた。以来、今日まで、ランチに、お茶にときどきホテルを訪ねているが、何がいいって、山の上ホテルはそんな用があるはずもない中学生やドレスコードにひっかかりそうな格好をした人間も寛容にもてなすところでしょう。
 パーティで、ふかふか絨毯にお料理をぶちまけても、ボーイさんに頼むと瞬時に元通りにして何事もなかったかのようにさわやかに笑って去ってゆく。駅員がおがくずを持ってやってきてすぐにゲロをからめとって何ごともなかったかのように去ってゆくのと同じように、冷静かつ迅速ですごくかっこいい。ピンチにあらわれすばやく解決して去ってゆく、これってヒーローの行動パターン。人の食べこぼしやゲロを床から取り除く仕事をこんなにかっこよく見せるだなんて憎い憎い!(瞬時に元通りにできても、かっこいいとは思わせずにお客さんにすみません…とか恥ずかしい…と思わせるギャルソンの方が実は圧倒的に多いのに)
 というのはさておき、ホテルのエントランスに着くと、ボーイさんが傘を預かってくれて「鍵をお渡ししますからしばらくお待ちください」と言って傘立ての方に向かった。その間、何気なく、エントランスの庇をみあげると、そこには四角いガラスがはめごろしになっていて、雨がたまっては流れ、数枚の落ち葉を洗っているのが映画のように美しく見えた。何度もこの庇の前や下を通っていながら、今日はじめてその光に気がついた。
 間もなく戻ってきたボーイさんは鍵を渡しながら、濡れた手を拭くようにとハンドタオルを差し出してくれた。
 アップルパイは「ちくま」に掲載された小沢昭一の桂米朝に関するエッセイを読みながらいただいた。

●02.10.20 あらたな少女たち
 大阪で「ちょうちょぼっこ」という貸本喫茶を運営しているスタッフやお客さんが力をあわせて「本箱」というたいへんかわいい布製和綴じ製本の小冊子を作り、タコシェにもわざわざ納品にいらした。
 オンライン古書店などを覗きながら、本と書店にひかれた皆さんが、関西やネット上の面白い古本屋さんを自分たちの足と言葉で紹介した本で、2色刷りという制約を逆手にとって、カラーグラビアが贅沢だった時代の古本からアイデアやセンスを抽出したようなシンプルなデザインで見せてくれる一冊である。手製本といい、一軒一軒その店のよさを紹介しているところといい、いたるところに本と本屋さんへの愛情を感じる本だ。
 その中で少女座をはじめ少女を特集した記事がある。森茉莉、矢川澄子、高野文子…そんな作家や作品の中に彼女たちは永遠の少女をみつけ、本を読みながら少女の方法を身につけ、ものを作ったり表現をはじめた
のだな、という気がした。
 バブルの時代、女性は時代の豊かさを背景に結婚したり母親となることを先延ばしに少女時代を延長し、その先送りがそれこそ不良債権のように中年にならんとする女性たちにのしかかってきているけれど、現代の女の子たちは、豊かさと離れて永遠の少女像を追求しようとしているのかしらん?
 夜、荻窪のカフェ「ひなぎく」でこの週末だけ行われた海月書林さんの展示を見に行ったけど、ひなぎくで働く女の子は以前、タコシェで買ったという西岡兄妹の植木鉢をお店に飾るなどして空間を作り、海月書林さんもまた自分で選んだ絵本や手芸本などなどを木棚に並べ…と、少女のスピリットがここにもまた発揮されていました…。
 なんて、しみじみ感じるのは、私がもう少女じゃなくなっているからでしょうか?

●02.10.18 モテない問題
 タコシェはミニコミ「モテない問題を考える通信」(通称:モテ問)を創刊からずっと納品していただいている。B6版のシンプルなつくりの冊子だが、読者の声をとりいれながら地道に発行を続けてすでに10号を越えている
 それにしても「モテない問題」というのは考えてみるとちょっと不思議である。というのも、ふつうはモテなくて、モテないのが問題である場合、モテなさを考えるより、どうしたらモテるようになるかを問題にすると思うのだ。いや、そうすべきだろう。たとえば、料理ができない場合だってできない原因を考えるより料理を習った方がいいではないか。女性誌などを読んでいると、いい恋愛をするには美しく素敵な女友達を身近に持ち女を磨くべし、みたいなことが書かれているのが常である。そのでんで言えばもてない者同士が集まりネットワークを築いてしまったら、ますますもてなくなりかねないではないか。そんな危険をおかしてまで活動を続けているということは、これはやはりモテるための研究やネットワークでなく、もっと切実なものを抱えた活動ではあるまいか?とはたと気づいたのであった。
 たとえば、自分を追いつめ追いつめ99年にとうとうこの世を去ってしまった井島ちづるの唯一の著書「恋ができない!!」(太田出版)。彼女はこの本のタイトル通り、恋ができず、誰ともつき合ったことがないままAVで処女を捨てた。そして、自分以外の恋のできない女たちはそんな状況とどう向き合っているのかを知り、この問題の根っこをさぐるべく8人にインタビューを行う。8人の回答以上に、どこかに問題の鍵がないかと、女たちを巡り、答えをあさり、空回りするインタビュアーの姿がただただ切実で、って…。
 つまりここでもやっぱり井島ちづるはモテたいわけじゃない。恋ができない、とか モテないを問題にするのは、恋愛とかモテをそのものを受け入れられない問題といおうか…モテたいとはまた別の地平の切実なる問題だったのだ。
 モテる、は雑誌業界で一大ジャンルだが、モテないもまたモテるにじゃまされてはならない一ジャンルなのであった。

●02.10.16 売り子オールナイト
 申告のための集計などに追われる。計算は好きじゃないけど、それほどたいへんな仕事じゃない。それよりも売り上げを睨んでいろいろな数字をつきつけられることになるので、店主としてはそのひとつひとつに心を乱されるのであった。ああ、小説よりも数字の羅列がこんなにも私の気持ちを波立たせるなんて…。
 10月31日の深夜に渋谷で行われるファンタスティック映画祭の物販に参加する予定。物販はお祭りのてきやみたいで大好きで、以前は呼ばれると出かけていったものだが、車を出したり宅急便を手配したりで搬送がたいへんでなかなか手がまわらずに最近参加の機会が減っていたのだけど、私がひとりで手持ちで行くことにして参加させていただくことにした。
 といっても、一人オールナイト物販は寂しい。しかも映画祭なので、上映のあいましかお客さんは来ないにきまっている。そこで私は、最近DVDで「毒婦マチルダ」を出してセールスに頑張る松梨智子監督に一緒にいてくださるようにお願いしてみた。美しい監督に一緒にいていただければ私の心も和むし、お客様も喜ぶであろう。さらに「毒婦マチルダ」も売れれば監督も喜び、すべての人にとって嬉しい結果になるはず。監督は「映画祭おもしろそうですね。予定もあけておけそうです」といいかんじの返事。というわけで、もう年なのでオールナイトの仕事はつらいですが、監督におつきあいいただき、映画祭の売り子をやります!。

●02.10.15 活字と80年代
 新入荷商品をアップしようとしたら、データを自宅に転送し忘れていた。で、アップしそこねた、本の感想など。
 橋本治「浮上せよと活字は言う」(平凡社ライブラリー)は、タイトル通り、「活字離れ」を嘆いて久しい出版界への檄であると同時に80年代に出版を切り口にした80年代論であったりもする。
 最近、宮沢章夫さんのサイトで次のような文章を読んだ。
「このあいだ、テレビを見ていたら八〇年代の知人が出ており少し太っているのが気になった。みんな年を取ったなあと思いつつ、八〇年代の知人、つまり当時のサブカルチャーの領域で活躍し発言していた者らがみんな油断しているというか、弛緩しているのが気になる。端的に言えばだめになっている。むろん、「団塊の世代」「全共闘世代」の「だめ」もあきらかにあるが、「八〇年代サブカル世代」の「だめ」は「八〇年代」という時代と関わりがあるのではないかと、過去を思うのだ」と。
 橋本治は、若者の活字離れを感じた出版人は、80年代、それなら活字が少なく手軽に情報を取り出せる、レイアウト重視の雑誌を作ればよい、と活路を見いだすのだが、それはビジネスとしては当然であっても、一方で活字の力を伝え読者を育てる努力をしなかった出版界の失策だったと指摘する。80年代サブカル世代が雑誌から生まれたこと、育ってきたことを思うと、「だめ」と「80年代の出版」が結びつくような気がする。
 私自身80年代の雑誌ブームの余波の中でライターだけをやっていた時期もあったので身につまされるものがあったし、書店としてもまた、活字の魅力を伝えることを怠ってはならない、と思い知らせされる一冊であった。

●02.10.14 ペットショップ
 連休中、近所に大型ペット店(ペットそのものから、ペットフードやペット用品、犬猫本まで売ってるうえに、犬用の美容室も備えている)ができ、開店セールでネコのトイレの砂を安売りしているとの情報を得たので、見物がてら店に行く。
 私は、小さい頃から動物や昆虫の飼育が好きで、色々な生き物を飼ってきたが、全部拾いものやもらいものですませてきたので、オープンにあわせてつめかけた客たちが、数十万円の子犬を買い求め、店頭に用意されたいくつかのテーブルを埋めて店員と書類のやりとりなどしているのを見て驚いた。アラーキーが愛猫チロについて書いてる中で、愛情って結局、振り回されたり煩わされたいってこと、というようなことを言っていたけど、みんなも犬や猫に面倒をかけてほしい、愛情を注ぎたいわけね…。となればダメ犬、ダメ猫ほどかわいいわけで、「うちのバカ犬」や「ブス猫」という呼び方にも、屈折した愛情とバカを慈しむ矜持が感じとれるというもの。
 ところで、ペット店にゆく途中に、編集者でライターの平林享子さんのお宅があるので、ちょうど焼いたばかりのケーキを届けることにした。レシピもなく、ただ、適当に材料をまぜて焼いたらできた、バターや卵や牛乳を使わないリンゴ入りのスポンジケーキ。お好み焼きみたいになるのかなと思ったら、偶然にもスポンジの食感が出たので、お届けすることにして、感謝の言葉とおみやげまでいただいた。しかし、夜、同じケーキを家族に食べさせたところ「まずい」と感想を伝えられ、平林さんの顔が頭をよぎった…。
 そういえば、以前、日記にも書いたボタンアーティスト長瀬清美さんのボタンが谷中のイリアスという雑貨店(谷中2-9-12)で展示されています。ひとつひとつ手作りの木製ボタンは色や形が本当に木の一部だと感じられて自然の恵みのおすそわけみたいで、とても愛らしい。

●02.10.13 田中小実昌になごむ
 タコシェでもお取り扱いしている、本や本周辺のあれやこれやをモチーフにした同人誌「SUMUS」の企画展がリブロ(池袋店・青山店)で行われていて、同人たちが文庫や新書をセレクトして店頭を賑わせている。その中から私は、画家の野見山暁治のエッセイ集「四百字のデッサン」を求めたのだが、中でも野見山の妹のところに田中小実昌が居候として住みついてしまい、そのことが野見山兄妹の父親に知られ一悶着、という話が面白い。父親に命じられ、夜中に、妹の家に駆けつけた野見山が、二人を父親のもとに連れてゆこうとすると、妹が逆上し、誤解を与えた元凶である居候に出てゆけと叫ぶ。人のよい居候はわずかな荷物を風呂敷にまとめると正座して「御世話になりました」と頭をさげて出ていってしまう。行き場のない居候の身の上を案じ、すまない気持ちにうち沈む野見山。重い空気の中、しばらくすると、出ていったはずの居候がしずしずとふすまを開け、「一晩だけ泊めてください」と頭をさげた。
 田中小実昌はそんな調子で居候を続け、その後、結局は野見山の義弟となてしまう。
 これを読んだら、田中小実昌の本がとても読みたくなり、読み始めたのだが、エッセイの中で、変わらぬ居候状態を嘆く、その繰り言は年月とともに磨きぬかれ、エンターテイメントになっている。
 だが、それとは別に「ぼくは、いい作品を書こう、なんて気は、まるでない。そもそも、作品、という考えがない。それじゃ、いったい、おまえの書いているものはなんだ、とおっしゃるだろう。ぼく自身もいったいなんだろう、とおもって書いている。こんなものは、作品と言えない。(中略)ぼくは、ただ、書いている。なにを書こうという気はないし、書けもしない」というくだりに、なんかほっとしてしまった。というのも、私は本を売ってはいるけど、自分を本屋だとはとても思えないでいるから…。

●02.10.12 中野を語る
 少し前に、小説の舞台として描かれた都内のサブカル系の町を10ヶ所選び、紹介する原稿をおおせつかった。町ならいくらでもあるし、何かしらあるだろうと思って引き受けたのだが、いざ選ぼうとすると、これが全然思いつかない! 例えば最近の小説だと堀江敏幸の小説で尾久が舞台のものがあるけど、尾久はサブカルじゃないよね、吉田修一の「パレード」は千歳烏山が舞台で、確かに烏山には川西杏さんはいるけどこれもサブカルじゃないし…、逆に、サブカルな場所っていうと最近では中目黒とか西荻とか思うけど、そういう町が舞台の小説って最近何かあったっけ…?などと頭をひねってひねって、それでもなかなか思いうかばないのであった。ま、単に、私の読書不足が問題なのかもしれないが。
 ただ、町を語ろうとするとき、語りやすい町、あるいは語られやすい町と、そうでない町とがあるような気はする。たとえば、語りやすい町といえば、浅草とか谷中・根津・千駄木とか。同じ下町でも、綾瀬とか金町とか小岩などは、語ろうにもなかなか語れたものではない。今では下町といいつつ、かつては下町の周辺地域、ある種の郊外で、歴史がなくはないけど伝統はなく…。いわゆる0メートル地帯だけど、文学的にも0地域いうか。いや、仲俣暁生さんなどは、この地域の文学を丹念に検証しようとしているが。(人の研究成果に期待している私である)
 書店の町の書棚を見ても、下町の書店の町コーナーはやけに充実している。ありふれた本屋に入っても、台東区なら台東区の編纂した区の本が何冊かあったりするのである。いいなぁ、と思う。しかし、それをタコシェでやったとして、意味があるか? 違うよな…。やっぱりタコシェは中野にあるのだから、中野なり中央線だと思うのだが、そうやって中野の文学や中野を語るディスクールを考えてみるといったい何があるだろう? ね、けっこう難しい。

●02.10.11 カスピ海ヨーグルト
 レズビアン&ゲイブックフェアもひとまず終わり、期間限定でおあずかりした本を返却。セクシャリティやジェンダー関係の本は、いろいろと入れ替えながら今後もお取り扱いを続けるので、どうぞよろしく。今回のブックフェアでは、レズビアン&ゲイの問題を身近に感じていない人たちに対して、どうアピールすればいいのか?という課題を残したような気がする…。
 神田・飯田橋など版元が多い地域では、最近、千代田区の禁煙条例の関係か、背広の男性がもく拾いをしながら菊川怜のチラシを配布している。
そんな街を歩きながら、朝食べた最近はやりのカスピ海ヨーグルトのせいか、ずっと腹がゴロゴロいっていた。便秘症の方にはよさそうである…。

●02.10.08 フィルムとビデオ
 昨夜、映画のビデオとフィルムについての話をいろいろ聞き、こういうことは私が不勉強なだけで大方の人には常識かもしれないが、ビデオで録画したものを公開用にフィルムに焼き直すときに、絵の尺と音声の尺がうまくあわずにズレが出てくる、ということを知った。そしてこのズレを埋めるべくデジタル映像業界はしのぎを削っていると。
 でもって、そのズレが埋まったら何がかわるのかな? 新たなメディアや機器の登場?

●02.10.07 ボタン屋さん
 版元をまわっている最中に、小さな生地屋をみつけた。窓にはボタンがディスプレイされていた。気になって入ってみると、静かな店内にご主人がひとり。私がボタンを見たいことを告げると、ご主人は「あいにく婦人ものは扱ってないんですよ」というのだが、私は単に貝ボタンをみたいと言うと、たくさん積み上げたボタンの箱から貝のものを抜き出して見せてくれた。一枚一枚厚さの違う貝ボタンを丁寧に表向きにとりだし作業台に並べるご主人。確かにすべて厚さが違うし、同じひとつのボタンでも厚さは消して均一でない。私は淵に飾りのある二穴ボタンを眺めて、穴と溝とがちょうどスマイルマークのように見えるものを選んだ。
 ボタンを出しながらご主人は語る。最近めっきり服をオーダーメイドする人が減り、仕事が減ったこと、婦人ものは流行廃りが激しくて生地やボタンを持っていてもすぐに時代遅れとなり在庫をもてあましてしまうのでついに扱わなくなったこと、ボタンがとれたところでわざわざボタン屋でボタンを探してつけかえる人は殆どいなくなったが、オシャレな紳士で4つある袖のボタンをそれぞれ違うものにしてコーディネイトしている人がいたこと、貝ボタンなどはクリーニングで劣化するために業者がうけつけないけどプロらしく業者がひきうけるべきだし、それに対応してクリーニングの際の劣化に応じる業者もわずかだがいること、プロのテーラーの縫いつけたボタンは10年たってもかわらずにしっかりとまっていること…。
 ご主人はワンタッチでつけかえられるボタンの研究なんてのもやったらしいが、それを普及させるにはアパレル業界や糸業界にも変化をもたらすことになり難しいことなどなど。
 仕立てたズボンがしわにならない仕掛けとか、いろいろなことを聞けたけど、裏地やボタンなどオーダーメイドの服のためのパーツを売るお仕事の先行きは暗く、遠くない将来、店を閉じようと思うなどと語る。
 ご主人があいた時間に作った全手縫いマフラーを見せていただいたり、お客様の中に自費出版をした方がいらして、その方の注文で布貼りに糸でタイトルを綴ったはこを作ったことなども伺った。
 作らずにはいられない職人の本能や技術と、それを必要としない時代の流れ。なんだか悲しい。
 いろいろお話をきいて、一個一個ボタンを選んで39個買って、お代は300円ちょっと。この安さもまた嬉しくて悲しい。

●02.10.05 年齢を気にする
 夜、先週末に開いたカフェに使った急須や使い捨ての食器の残りなどを紙袋につめて、246の歩道を歩いていた。前方に酒を飲んだ帰りらしい、男女3人が横に並んで歩いていた。追い抜こうと思って左端の若い男の脇を通ったとき、背広を羽織ろうとした彼の腕が思った以上に勢いよく真横に伸びて、よけきれずに顔面にパンチを食らってしまった。
 メガネ! 口の中が切れたのはわかったが、その程度なら放っておいても治る、それよりメガネがないと外出できない。いそいでメガネをはずしてみたら、割れたり折れてはいない。
 驚いて「大丈夫ですか」と問う男性と、その横で笑いながら「何やってんのよ」と笑う、二人の女性たち。その笑い声になんだかはずかしくなってしまった。
 おしゃれな格好で飲食を楽しんだ後の華やかな男女に対して、シモジマの紙袋を下げ、週明けに届ける返本がつまったバッグなどを両肩からかけた地味なオールドミス?。私の頭の中にそんな構図が浮かぶ。
 さらに、2週間後、3人は再び飲み、「ヒロシ(推定の名前)ったら、おばさんの顔面にパンチ入れちゃってんだもん」なんて話して思い出し笑いしたり、「いや、あんなところに顔があると思わなかったよ」なんて語り合う様子などなどが走馬燈のように私の頭の中を駆けめぐる。
 はずかしい! やめて…!! 
 顔をのぞき込むほろよい加減の男に対して、両手で顔の右半分を押さえつつ「大丈夫です。大丈夫です」と言うなり、足早に地下鉄の入り口に駆け込んだ私であった。電車の窓に映ったメガネは右半分が、ゴルゴ13のような、たれサン状態であった…。
 翌日、たれサンのまま知人の結婚式に参加。パーティ会場で、何歳か年下の新婦の友人と一緒の席についた私は、そこで新郎の同僚に「皆さんは独身ですか」と言われ、ひとりだけ年が離れているので、もし「はい」と答えて「お前は別だよ、きいてないよ」と思われたりしてたら恥ずかしいなぁと考え、唐突に「あ、ちょっと忘れ物…」とか意味のわからないことを口走り、答えずにその場を一瞬離れたりした。
 年齢に対して自意識過剰…? 女30代、多感なお年頃である。

●02.10.03 本のカバー問題
 ここ2、3日、たてつづけにweb上で本のカバーの傷みが話題になっている(地方の書店が、版元と直取引する際に汚れた本の返本を受け付けるかどうかの打診とそれへの版元の回答オンライン書店が在庫が充分ある書籍を出版社に注文したのに汚れ本をよこし、カバーの取り替えを希望したがなかなか応じてもらえなかった経緯)を読み、私もカバーや帯問題について考えてしまった。
 どういうわけか、書店の本棚にある本のカバーはずり上がってくるのである。地球には重力が働いているというのに、なぜカバーは持ち上がってくるのか? それはカバーが上がってくるんじゃなくて、実は中身の本が重力で下にずれ落ちるからなのであった。お客さんが何気なく棚からとり、パラパラとページをめくって、ふたたび戻す、この一連の動作を行っている間に、指の潤いや指紋によって手に密着しているカバーから本体である中身だけが微妙にずれ落ちてるわけだ。思い切りずり落ちればお客様も気づいて直してくれるだろうが、2、3ミリの場合は気にならないので、そのまま元に戻す。で、次のお客様が、その本の背の一番上に指をかけて書棚から取り出そうとするとき、数ミリ飛び出たカバー部分に無理な力がかかって、ここからめくれたり裂けてしまうのである。地球に重力が働く限り、そして紙が絶対に破けないものにならない限り、カバーの背はめくれて破れる運命にあるのだ。
 そこで、私は気がつけば、もちあがったカバーを戻すという作業を繰り返しているのだが、さすがにこの仕事だけにかかりっきりにはなれないので、どうしても、めくれや破れが出てしまう。
 ぽんぽん本を返したり入れることができればいいが、タコシェのよう直取引だけの小さな店ではそれが難しい。出版社にかわりのカバーを送っていただくこともできるが、それだけを送っていただくのは、送料のことを考えると負担をかけてしまう。
 それで、私の中のルールとしては、カバーや帯が傷んだ場合は、出版社に頼んで、書籍を納品してもらうときに同封していただくのはOK、と一応の基準を作っている(もともと、本のカバーは本そのものを保護するために工夫されたものだとも思うから)。こちらの保管の際の不注意で傷んだ本は返さないようにしているが、まれに本を投げて置く人がいたり、鞄などで気づかずに平積みしている本を落として角がつぶれるなどのケースもあって、どうしても管理しきれない部分がある。
 中には、手にとってみてよさがわかる本もあるのでそういう本は見てほしいし、本が傷んだら版元には迷惑だし…とあちら立てればこちら立たず、になってしまう。
 コミックはシールドで置くところが多いせいか、最近、ある版元では、作家さんに許可をとり「つかみ」の部分のコピーを、試聴ならぬ試読用に数ページくれるようになった。そんな方法も本の汚れ対策のヒントになるかも。
 もし、本の背のめくれについてナルホドと思われた方がいらしたら、本を戻すときにカバーにちょっと注意していただけるとすごく嬉しいです!
 以前、キメキメのパンクファッションの若い男性たちがタコシェに入ろうとしたとき、ジュースの紙コップを手にしていた一人が、「俺、これ飲んでから入るよ。こぼすと悪いから」と言ってらしたのを聞いて、とても嬉しかったです。ありがとう。

●02.10.02 秘密の喫茶店
 最近、カフェを併設した書店が多いが、言われてみれば、ずっと前からこの形であったために、そうとは気づかずにいた店に下北沢の「いーはとーぼ」があった。そうそう、ここには、コーヒーと一緒に本やレコードがいつもあったではないか…。
 先週末に編集・文筆業の仲俣暁生さんの話をききながら思い出したのであった。彼は、さらに「いーはとーぼ」では、時々、本を出していて、最新刊の「秘密の喫茶店」では、店主が「知のモラル」などの著作を持つ小熊英二氏に他者とのかかわり方をききながら、ついつい喫茶店運営の方法論を語ってしまい、それがなんとも面白いというので、今日は、下北沢へ出向き、しばらくぶりに「いーはとーぼ」に入ってお菓子とお茶をたのみ、本を買い求めた。
 確かに、改めて味わってみると、メニューでことさら断り書きをしてないけど、クッキーはノンシュガーでオーガニックなかんじだし、コーヒーも一杯ずつたてていて、こだわりと誠実さを感じさせる。しかし、あえてそれを売りにしないところに、店主の抑制と意気が感じられ、店の美学がみてとれる。
 求めた本はいたってシンプルで、B6判くらい、ホチキス中綴じ44Pの小冊子。店主・今沢氏は、ここで店員にいかにして「いーはとーぼ」という店を作ってゆく方法を伝えるべきか思案する。
 仕事をすべてマニュアル化できればいいが、中にはいきなりカウンターに来て名乗り出す客などもいるから、とてもじゃないがすべての客・すべての事態に対応するマニュアルなど作れないし、それができた日にはマニュアルがマニュアルでなくなってしまう。ならば、言葉よりも実践・体験を重視せざるを得ないが、これも余りにすぎると店主との共通体験が至上のものだといわんばかりで宗教がかってくる。もちろん氏はそんな教祖やカリスマめいたことはしたくない。となれば、理念をもっと科学的な方法で普及させることはできないか…??
 小さな店で、宗教、科学まで持ち出し、方法論は巡り巡って、店主は懊悩する。こうやって読んでいると、おかしくてたまらないが、実は人ごとではない。お店の理念を伝えるって、至難の業である。もしかすると店主の仕事の大部分はここにあるのかもしれない、とさえ思う。





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