Diary April.2002  トップへ

by Ayumi NAKAYAMA


●02.04.30 特別なことなし
 連休合間の平日。ふつうに働く。

●02.04.29 笠間しろう先生、川西杏さんご来店
 28日はタコシェでのグッズ作りに関連して、製本のことを伺いに内澤旬子さんのところへ。内澤さんは手製本を修業されたイラストレーターで、時々製本関係のことを伺うこともあるのだが、ネット上で製本に関するプランを公開しアドバイスを受けながら製本を行うというユニークなワークショップを行っていて、私はそちらを今期受講することにしたのである。古い和本とかいろいろな製本のパターンを見せてもらううちに、いっそ店でのグッズをこのワークショップの中で作ってみたらとすすめられ、またしても私の趣味やプライベートに仕事がガシガシ侵入してくることよ…と思う。
 夕方からは笠間しろう先生をお招きして店長アワー。相変わらず先生はお元気で、お客さまの一人一人に「こうして皆さんからパワーをいただきいまも現役でいさせてもらってます。ありがとうございます! お互いがんばりましょう」などと笑顔で語り、丁寧にイラスト入りサインを描かれる。若い女性読者もいらして、先生は「寿命が延びる思い」と大喜び。そうした先生の感謝の言葉や女性への優しさのおおらかな表現が先生を陽気でエネルギッシュに見せ、周囲まで楽しい雰囲気にしてしまう。
 途中、在日二世のシンガーソングライター川西杏さんがアレフの方たちと来店。店内は異様な熟年エネルギーを放電していたことであろう。

●02.04.28 ミヤタケイコさんの個展へゆく
 27日土曜日は病院で健康診断を受けた後、タコシェへ。いくつかの連絡を済ませ、またすぐ店を出て新橋でこの日が最終日となるミヤタケイコさんの個展へ。ミヤタさんはぬいぐるみ作家なのだが、単にかわいいだけではないフリーキーなテイストのまじったぬいぐるみを作っていて、昨日の個展でも首が3つあるキングギドラ状の赤いキリンのような巨大なぬいぐるみが天井から吊されていたりして圧巻であった。展覧会の中にはじっくり見ることができるに後悔する場合と少ない時間だったけどちょっとだけでも見ることができてよかったと思うものとがあるけれど、今回のミヤタさんのは百聞は一見にしかずといったかんじで、あの大きさを目の当たりにして作品を体感することができてよかった。
 会場には、日本のクリエーターたちを取材しに来ていたDVD雑誌クルーがいて、少し話しをしたが、彼らはたいへんな日本フリークで私よりも日本に詳しかったりしてとても刺激的だった。

●02.04.26 イスラム寺院で薔薇の香に包まれる
 頼んでおいたモーニングコールは忘れられ起こしてもらえなかったが、自力で目が覚めたので、朝一で豊浦正明さんの展覧会のDM用データを持って印刷所へ。無事入稿して、中野に出て銀行で振り込みに関する手続き。その後で、今日は以前から楽しみにしていた、代々木上原のイスラム教の寺院、東京ジャーミィに出かけた。
 いつも小田急線からそのモスクを見るたび、ゴージャスさにひかれ、中を見てみたいと思っていたのだが、見学が可能であることがわかり、礼拝時間にあわせて訪問したのである。
 モスクの中は、偶像崇拝を禁じているイスラム教らしく特別な祭壇はなく、植物をモチーフにした美しいステンドグラスとコーランの文字をグラフィックデザインしたカリグラフィが天井や壁を飾っている。内部は薔薇から抽出した香水を噴霧していてよい匂いに包まれていた。大理石の床や壁、装飾のところどころに金箔がはられ、簡素で整然としながらゴージャスで神聖な雰囲気。
 礼拝堂内部では女性は肌や髪を露出してはいけないので、私は持参のパシュミナをかぶり、見物していたが、礼拝時間が近づくにつれて色々な国の信者が集まりだし、めいめいがメッカの方角に向かって跪き額を床につけてお祈りを行う。寺院の方の説明によると、イスラム教徒はどこにいてもメッカに向かってお祈りができるように、方位磁石つきの時計を愛用しているという。(CASIO製らしい)ひとつ持っていると便利ですよ、とのこと。
 信者は男性ばかりで人種も服装もまちまち、サラリーマン風からヒップホップ系、オタク系日本人、ワンピース状の白い服を着たいかにもイスラム風の人などなど。仏教やキリスト教と違ってめいめいでばらばらにお祈りしている様子はいいなと思ったが、おじさんやお兄さんが続々と集まりだしたので、私は二階の女性専用のバルコニー状の場所に移動して高見の見物をする。スピーカーからとてもいい声のコーランが聞こえ、やがてお話がはじまるが、途中から外国語になってよくわからないので退席…。
 しかし、脱いだ靴を礼拝堂の入口に置いたままだったので、それをそっと取りにゆこうとすると入口近くにいた男性に、靴をとったら別の出口から退出するように言われた。
 よく見ると女性は礼拝堂への入口も別で小さなな靴置き場が脇にあって、ほそい螺旋階段をのぼって二階席にゆくようになっていたのだ。ゴージャスな寺院の内部やいい声のコーラン、よくわからないけど頬かぶりすることなど楽しかったが、女性は出入り口も別で礼拝する場所も別フロアだったりするので、何か仲間はずれにされているような気分になってしまった。それでも、その別フロアで熱心に礼拝するおばさんが二人だけいらしたので、孤軍奮闘?しているようで偉いと思った。
 帰路、寺院の外に停められていた車の中で待っている女性もいて、このとき私はイスラム教徒とは結婚できないかもしれないと感じた…。世界の全男性の何分の一かが私から去ってゆくような寂しい瞬間。でも断食もできそうにないから仕方ないか。イスラムの敬虔さ、ゴージャスさを知ると同時に、土俵問題などの例外を除いては日本で露骨に感じることが少なくなった男性社会を垣間見た訪問であった。

●02.04.25 私に必要なのは緊張感
 今週のはじめは町を歩いていて、いきなり裸の千円冊を拾ったりしてラッキーだ!と思うことが続いたのだが、昨日私は、間違った口座に振り込みをするという鼠小僧みたいなミスをしてしまった。よく確認していれば防げるはずなのに。これまでこの作業は何度もやっていただけに、いい気になっていたことへのいましめだと受け止めている。情けない。もっと緊張感を持っていないといけないのだ。
 考えてみると、私はお店のシフトに殆どしばられいないので時間の都合はかなりつくが、その一方で、ここ最近はフェアの展示品が届かなければ知らずにいらしたお客さまが質問されたりすることを考えてその説明や謝罪のために店で待機、また絵の取り違えのトラブル処理があれば出勤(こうした問題は結局トラブルを防げなかった自分に問題があるのだけど)、店に出なくてもブックフェアに行ったり、作家さんの展示を見に行きと(もちろん、これはこれで楽しいのだが)、休みと仕事の区別も曖昧である。よその書店にゆけば自然と何があるか気になってしまうし、本の山が崩れていたりすると直してしまう。明日もGW前にDMをあげるために朝一で印刷所に行く。いろいろ出歩けて都合のつく気楽さがあると同時に仕事からまったく離れることもなく、きちんとした神経の弛緩ができなくなって緊張感を欠いていたのかもしれない。ストレスもあんまり感じない性格だし。ああ、だめだ、だめだ。自分が情けない。

●02.04.24 支払いと返品と
 支払い業務を行う。たいした労働ではないが緊張するせいか振込作業は疲れる。
 店では納品をうけつけるほかに、返品作業も行わなくてはならない。特に、以前に預かって、それきりになってしまっている納品者の方の在庫問題が意外と深刻なのである。最近は、1年以上追加や清算を行わず連絡をいただけないままになってしる品物の処分をタコシェに一任することで初納品時に了承を得ているのだが、それ以前にお預かりしたもので、音信不通の方々のものを、一度連絡を取っている。留守電にメッセージを入れたり家の方に伝言しても連絡をいただけなかったりしてで、たいへん。しかし、古いものが整理できれば、新しい品物をちゃんと見せることができるようになるのだから、乗り越えなければならない。
 ブックフェアには結局2日行ったが、たとえるならブックフェアは車の新車発表会みたいなもので新刊と売れ筋が中心で、タコシェのように人気商品の隙間にある妙味な本やデッドストック的なものを集めようとする書店にとってはヒット率が低い。それでも、目録をいただいたり、一通りの在庫を持ってきている中堅〜小出版社のブースでは実物を見ることができたりで得るところもある。もっと自分の中でこのイベントを活用できるようにするにはどうしたらいいのか、それが課題かも。

●02.04.23 全く用事のない電話と激安眼鏡
 仕事中に大学時代の先輩から久々に電話をいただいた。「お仕事中?」「ええ」「ちょっといい?」「はい」とは答えたが、少し話してみると「いま竹の子ご飯を炊いて暇になったから電話したの」というわけでホントーに何の用事もなく、「お店やってるんだってぇ」「いくつになるんだっけ」とか大学時代の思い出話などを喋り出すので、驚いた。仕事中に電話を掛けてくるということにではなく、本当に用事がないことに…。それとも、これは一人の主婦からの何かのSOS信号なのだろうか。
 ブロードウェイにはタコシェの並びに以前から眼鏡店がある。私は睡眠中と洗顔・風呂以外はずっと眼鏡をかけているヘビーユーザー?であるが、それでも眼鏡は何年に一度しか買わない。フレームが壊れたとかの問題が生じない限りはいつまでも使い続けている。かつて眼鏡は顔の一部というコピーがあったが、顔の一部を頻繁に変えないように、たいていの人は洋服同様に眼鏡を変えたりしない。となると眼鏡屋さんを訪れる人は一日にどれくらいいるのだろう? と不思議に思えてくる。町の個人商店だと眼鏡が一日に何十個も売れると思えないし、眼鏡屋さんという商売がどう成立しているのかとても興味がある。その意味でコンタクトレンズの出現はメンテナンスに必要な備品を購入し続けなくてはいけなかったり、使い捨てで常に需要を作るという意味で眼鏡屋にとって画期的だったんじゃないか、と推察する。
 ところが、最近、5000円くらいでできる度付眼鏡店が出現し、ブロードウェイにも韓国から東大門(トンデムン)眼鏡という、眼鏡を30分で作ってしまう安売り店ができたのである。店員さんは韓国人(整形に積極的な韓国人は顔の一部である眼鏡も積極的に変えるのか)で、少したどたどしい日本語で頑張っているのに好感を持っていたのだが、数日前に、同じフロアにメガネのパリミキもやってきて開店記念で2800円メガネを打ち上げた。そして今月末には新たなメガネの安売り店もできるようで、中野ブロードウェイはメガネ激安時代の激流のまっただ中という感がある。
 この先は、洋服を変えるように皆さん眼鏡を変えるようになるのだろうか。また、女性の中にはコンタクト愛用者が多いがこの眼鏡安時代におしゃれ眼鏡の需要が増えるのか。私も壊れたりしたときのためにスペアを作っておこうかなどと考える。どうなるんだ眼鏡業界。それとも、これって眼鏡ユーザーじゃない人にはどうでもいいこと?

●02.04.22 VIPになりたい
 昨日、21日も再びブックフェアへ。ライターでありオンライン書店も運営している平林享子さんの車にのせてもらい、昼前に会場へ到着。二人とも店のためといいながら、あまり仕入れは捗らず、私物を買ってしまったり、目録をもらいまくって荷物をもてあましながら会場をうろつく。そしてまた、知り合いのプチグラパグリッシングのブースに行き、陣中見舞いのふりをして荷物を預かってもらい再び貰いまくり買い物をする。土日は一般読者も入場が可能なので、子供をけちらして絵本を見たり、妙に活気ある宗教系出版社のくじびきをひいて景品をもらったり、ビジネスはどこへ行った、という状態。
 会場の一角にはソファが置かれ、お茶やお菓子がただでもらえるVIPルームがあり、私はVIPでもないのにVIPルームに入りたいと言い出し、様子を見に行った。(みなそれぞれ入場受付のとき首からさげるパスをもらい、そこにVIPの場合、金色でVIPと書かれている。私のは赤で書店と書かれているだけ)かつて私の伯母は皇居の中を見たいと言い出し、あの純白かっぽう着のおばさん清掃ボランティアに参加し、わざわざ上京してきたのだが、清掃中にもよおしてしまい、あろうことか高貴なお庭で用を足してしまったという、皇国日本で少女時代を過ごした人間にあるまじき行為をしでかしたが、その姪にあたる私も興味本意にVIPルームに近づき、入りたそうにただその入り口に立っていたため、平林さんが私に代わって「どういう方々がVIPでいらっしゃるんですか」と係の女性に訊いてくれた。女性は「出版社や書店の社長さんや店長さんです」と答えたので、私は「私も社長です」と言いたかったが、その後で「小さい会社の社長さんは申し訳ないですがダメなんです」と言われてしまうかもしれないし、そうなるとお互い気まずいので、あまり食い下がらずにその場を離れた。ああ、あのVIPルームに入ってお茶やお菓子を思いっきり飲み食いしたい。そして誰かを呼んで商談などもしてみたい。
 帰りに来年の案内や御招待をいただけるアンケートがあったので、そこの欄に「取締役」と強調して書いておいた。平林さんのオンライン書店「CLOVER BOOKS」は会社ではないのだが、やはりVIPルームに入れるように「店長とか代表とか書いておいた方がいいよ」と言って、平林さんもそのように記入していた。この程度で来年VIPになれるのだろうか。待ち遠しい。
 今日は、画家の林良文さんにお店におこしいただいた。銀座での展覧会が終わり間もなくフランスにお帰りになるのだが、日本で販売してよい初期の絵をお預かりできることになったのである。それにしても、フランスでは極右政党のルペン(ルンペンのような名前と記憶した)がたいへんな支持を得ており、移民に対して厳しい姿勢をとろうとしているので、在仏の知り合いたち(アート関係のフリーランスが多い)のことが気掛かりである。 

●02.04.19 ブックフェアが肩や腕に
 朝 起きると肩が凝っている。まるでフランス人のように肩の凝らない(フランス語には肩が凝るに相当する表現がないらしく、彼らには肩こりの概念がないという。フランス人の肩を揉みほぐして肩こりを教えてあげたい)私がなぜ…。そうだ、昨日、ブックフェアで雀のお宿の欲張りばあさんみたいに無料の目録だのグッズだのを貰いまくり、しかも宅配の送料をケチって運んだせいである。ケチるといえばゆりかもめが新橋からビックサイトまで\370して高かったので帰りは\200の都バスにのり渋滞にまきこまれた。ほんのちょっとのせこさが、こうして全部自分にはねかえってくる…。

●02.04.18 東京ブックフェアへ
 ビックサイトで開かれている、東京国際ブックフェアへ。今日も店番があるので、朝一でブックフェアに行き、昼過ぎには店へと思ったが、寝坊したうえにモタモタしたり、新橋まで行ってさらにゆりかもめに乗ってなどしているうちに朝一が昼に…。ブックフェアははじめてだが、買い付けも可能なので、すごい大きな袋をさげて入場。会場は大小様々な出版社のほか、印刷業者や店内の防犯機器のメーカーまで本や書店に関する企業がブースを出し、即売や注文の受付などを行っている。中にはコンパニオンを雇ってゲームなどをしているところもあれば、デジタル出版関係のところでは様々な実演も行われているし、サイン会を行っているところもある。オンデマンド印刷にも興味があったので、機械で印刷を実演しているところに立ち寄って「ふーん、それでこの機械はいくらするんですか」と聞けば「800万です」と言われ、全然およびでないかんじ。でも、ほしいなぁ、あの機械。
 各書店、目録を置いているので、それを貰い、自由にとってよいグッズ類(ボールペンやカード立て)をデパ地下で試食に手をのばすおばさんのように貰いまくり資料を受け取り、本を買う。一般の書店と違ってタコシェは直の仕入れが基本なので、後から普通に配本というのはなく、その場で買えるものは買う。ちょっと心細いから知ってる出版社のブースを見つけると挨拶し、「初日から、しかも大きな袋を持って熱心ですね」と労わられる一方で、「その格好は古書市のマニアみたいですね」と場慣れしれないのを鋭く指摘され、それでも「今回のために作ったマグカップがあるのでお持ちになりますか、荷物になりますか…?」と気遣ってもらうと「荷物だなんて、いただけるものはなんでも頂戴いたします。まだまだ、この袋に入りますので」とちゃっかり受け取り、去る。確かに私のように大荷物を抱えている人はいない。なのでとても嬉しそうに私に近寄ってくる男がいるかと思えば、ペリカン便の業者である。
 しかし今日はまだ下見段階である。店番から解放される週末にもう一度じっくりと見てまわる予定だ。タコシェには関係ないかもしれないが、海外のブースもたくさんあって楽しそうなのである。 

●02.04.16 両替と原稿の返却
 一度タコシェに出て、両替などの雑用をしてから、お預かりしていた鈴木翁二先生の原稿を返しに青林工藝舎へ。これから出る本の情報や作家さんのことなどをいろいろ伺う。担当の編集の方がわざわざ古い掲載誌を出して今度収録される作品を見せてくれたり、イラストなどを見せてくださる。原稿と原画とでは、細密な絵やカラーのイラストなどの場合、結構、印象が違うこともあって、そういうふうに原画を拝見すると、本だけでは発見しにくい魅力を教えてもらえることもある。こういうのは書店として嬉しいだけでなく、作家さんの魅力を伝えようとする編集者の姿としていいなぁと思うし、売る立場の私たちもそんな熱心さを分けてもらえるような気がする。
 それにしても、銀行によっては両替が非常に面倒くさい。細かい硬貨が機械で両替できないうえに、窓口に提出する用紙もわざわざ行員に頼んで出してもらわないといけないし、枚数が多くなれば手数料が生じてくる。「記入するのがたいへんなので、自分のところで住所とかのはんこうをおしておきたいと思います。何枚か用紙をわけていただけませんか」と頼んでも、「一回一枚、手渡しのみです」と断られる。これは2枚に分けて書いて手数料をかからないようにする客が出現したらいけないとでも思っているのであろうか。そして時間もかかる。ずいぶんと不親切である。

●02.04.16 関節人形はなぜ…
 店員がダウンしたため、終日ひとりで店番。といってもまさか8時間以上、飲まず喰わずはともかく出さずというわけにもいかないし、郵便物も取りに出なくてはならないので、食糧と飲み物を用意しておいて、近所の店員さんに手のあいたときにちょっと寄ってもらってトイレに行ったり、休日の店員にちょっと顔を出してもらってその間に補充などして、問題なくひとりを乗り切る。って、ひとりでできた、って、いくつなんだ、というかんじですが。
 夕方、清水マリーさんが新しく出したポストカードブックを納品に見えたので、人形教室などについて伺う。タコシェにはいわゆる関節人形の作家さん何名かが作品のカードを納品してくださっていて、このジャンルの作家は相当いるのかと思っていたのだが、どうも中央線沿線が人形教室ベルト地帯であるらしい。人形にも作家さんや徒弟関係によって流派がけっこうあるのだろうか。そして、人形はなぜ未成熟な少女もしくは両性具有的な少年であり、おやじやおばはんでないのか。人形という表現が熟した年代と相容れないものなのだろうか? そのあたりも今後、人形作家の方々に聞いてゆきたい。

●02.04.15 渡し間違いのトラブル発生!
 先週末、店員が続けてレジを打った二人のお客様の品物の一部をそれぞれ取り違えてお渡ししてしまった。お客様が気づかれて引き返して御指摘され気がついたのである。店員から間違ったことを言われても、なぜレジを打って品物をお渡ししてから次のお客様のレジを打つのに入れ換わることがあるのか不思議に思ったが、どうもその順番自体が狂って間違ってしまったらしい。
 原因はともかく、連絡をとって元通りにしなくてはならない。最初は連絡して交換、その交換のために自分が動いてお客様に御負担をなるべくかけないようにすれば解決、と思っていたが、私が内容を見ていないこともあって、お客様に記憶と実際の内容とを確認していただき摺り合わせをするのに、手間取ってしまった。こうした手違いは初めてだったのだが、お客様からお話を伺いながら内容を整理して、何度か連絡をとって、ほぼ一日がかりで決着した。
 こちらの間違いが原因のトラブルだったので、ほかのことは置いておいてこの解決のために時間を充てようと思い、急がずに話をすすめることができてよかったと思う。たぶん焦っていたら、私は「これを買ったはずじゃないんですか」などと決着を急いで自分の判断や推察を押しつけたかもしれない。お客様も急かさずに冷静に思い出しながら、問題をときほぐしてくださった。なので私は何も判断や決断しないで問題が解決してしまった。怒られてもおかしくないのに、相手のお客様やお店のことも配慮してくださって、問題が次第にとけていったので不思議な気分であったしホッとした。
 残るは自分たちの反省会。

●02.04.11 知らない間に預金が増える
 みずほ銀行のATMトラブルなどで世の中はできたばかりのみずほ銀行に厳しい。これまで、私は旧・第一勧銀に対して、ATMはおかしいのではないか、よその銀行よりできが悪い、などと指摘し、振込の際にちょっとしたトラブルがあって手数料を要求されても、機械の不備が原因なのに客から金をとるなー、と言って無料で修正してもらってきたので、いまさらという感じもあるが、これが二重に引き落とされていたのでなく二重に振り込まれていたとか、知らない間に預金が増えていたなんていう間違いであったら顧客もこれほどまでに怒りはしなかったろうに、と思うのであった。(もし知らない間に預金が増えていたら急いで使っちゃうと思いますが)金額が違う、二重の手続きという意味では同じミスなのに。そう思うとトラブルのトラブルな部分というのが見えてくるような気がするのだが。

●02.04.09 人の病気と自分の病気
 今日、店につくと、濱岡が「体調が悪いので早く帰らせてほしいのですが…」と言う。訊けば、少々心配な症状に思える。タコシェは少ない人数でローテーションを組んでいるので、病気にはなってはならない! と私は店員に言っている。しかし、そうは言っても時にはどうにもならないことがあるわけで。
 かつてバイトのKさんは店番中に食中毒の症状が出て、電話で店を閉めて医者に行けと指示したのに痙攣しながらその場にいたということがあった。結局、彼女は医者には行かず、食中毒の恐ろしさと人間の自然治癒力のすごさを見せられた気がした。
 それにしても、人の病気と自分の病気とでは深刻度の感じ方が違っていて驚くことがある。
 以前、宮沢章夫さんと打ち合わせの約束をしていたのに、私が熱を出したために予定を延ばしていただいたことがあった。約束の翌々日、40度の熱が出ているので休みたいといった当人が元気そのものだったので氏は「もう大丈夫なの?」と気遣ってくださったが、こちらはけろりとして「時々扁桃腺の高熱が出るんですが、一眠りすればスッキリするんです」と答えた。それでも「40度の熱なんて出したことがない」「扁桃腺をとってしまったらどうなのだ」などと意外なご意見が返ってきた。扁桃腺をとるだなんて、私にとっては肺炎になったから肺をとるとか大腸炎になったから大腸をとるというのと同じように聞こえる。だって、ちょっと寝れば治るんだから。解熱剤などいらない、ただ布団にくるまって汗をたくさんかいてぐっすり眠ればウソのように熱はひく。
 それよりも氏は喘息の持病があるように聞いていたので、「発作が出たりすると苦しいんでしょう?」と言うと「今はいい気管拡張剤があるからずぐ楽になる。心配ない」と平然としている。私にとっては扁桃腺の熱なんかよりこっちの方がよほどの驚きであった。
 一方、松沢呉一は小学生時代、学校を休んで同級生のかわいい女の子に給食のパンを持ってこられるのが体の弱い少年にとってどれだけつらかったかと語ったことがあったが、よくよく聞いてみると、私と同じで扁桃腺の熱が出やすいだけだったのでちょっと拍子抜けした。私の中では扁桃腺は病気にカウントされていない二日酔いレベルのものであった。
 病気もそれぞれ、感じ方もそれぞれ、である。

●02.04.08 かつて私は万札を手にして笑いころげた
 まだ、タコシェが中野に越してきたばかりの頃。恒例のフェアがはじまる前で絵のような一点ものや値段の高めの商品が殆どなかったときのことである。我々は売れるかどうかはわからないが、思い切って水木しげるさんの復刻全集を仕入れたのであった。十数万したのではなかろうか。はたしてこんな高い本が売れるかどうか…、と思いながら過ごすこと幾日、ついにお客様からお電話の問い合わせをいただいたのであった。
 お客様は何度も品物と値段を確認したうえで(そりゃあ、高い買い物だから間違いがあってはならないものね)、取り置きをお願いしたいとおっしゃり、来店日を告げたのであった。
 電話を受けた私は天にも昇る思いで、嬉しさのあまり松沢にも電話で「やったよ! あの本に予約が入ったよ」とわざわざ興奮の電話をして松沢も歓喜の雄叫びをあげ、喜びをわかちあった。そこに畳があったらゴロゴロと転がりまわりたいくらいに嬉しかった。
 果たして当日、私は例のお客様がみえると思うともう早くも興奮状態で、間違いがあってはならないと、何度もメモった用紙を見てお客様の名前を確認したり、ケースにおいてある全集の値札を見たりを幾度となく繰り返し、何度もお名前や値段を頭の中で復唱して、まだかまだかの気分。
 やがてお客様がいらっしゃると、彼は再度、品物とお値段を確認、支払いの段階になった。お客様から手渡される万札。それまで私や松沢が普段手渡されることのないようなお札が我々の目の前で我が手に渡されるのである。「お、お金だ〜」。しかし、その気持ちをぐっとこらえて、間違いのないように、慎重にお金を数えなくてはならない。
 「1,2,3…」と数えながら、私は「お金だ!、やった、売れた」という喜びを抑えきれず、ついにいやらしくも「5ふふ、6ふふ、7ひひ」と笑いを漏らし、ついに笑いがとまらなくなった。それでもお札を逆さにして再度数えなおし、やはり時代劇の悪代官のように「むふふふふ」という不穏な笑いを漏らし数え終わると、品物とお釣りを渡し、それは丁寧に丁寧にお礼を言い、お客さんを送り出したのであった。
 お客様が帰ると、松沢が「ダメだよ〜お金を数えながら笑っちゃ!」と言いながらも、我慢していた笑いを爆発させ、私も「うん、いけない、いけないと思っていたけど、我慢できなかった」と言って、二人して転げまわらんばかりに笑いまくった。なんて幸福な二人。今にも手をとりあって踊り出しそうな…。
 しかし我々の幸せは長くは続かなかった。高い商品が売れたので、仕入先に報告しようと思い、先方の伝票類を確認したときに、私は愕然とした。私が売ったその値段は商品の定価でなく仕入れ値だったのである。アルバイトが納品の処理をしていたのだが、私はそれをいちいち確認せずに、彼女が間違って転記したままに商品を売ってしまったのである。
 どうりでお客様が何度も値段を確認していた、と思い当たったのは間違いに気づいてからだった。
 さすがに今では、万札を手にして、大笑いすることはなくなったが、それが幸せなのかどうかはわからない。いずれにせよ、我々は何万円もの月謝を払って、商品の単価と売価をきちんと確かめなくてはならない、ということを学習したのであった。

●02.04.05 中野ブロードウェイ
 地道に棚卸しなどを行う一日。
タコシェが入っているブロードウェイというビルは築30年以上の大型集合テナントビルと住居用マンションがひとつになったこの界隈では歴史のある建物で、地下1階から地上4階までの店舗フロアにはお総菜や肉、魚を扱うお店や衣料品店(ユニクロよりもずっと安い庶民の衣料品店もある)からまんだらけをはじめとしたマニアックなショップまでたくさんのお店が入っている。タコシェはその3階にあるのだが、上の4階にはさらにマニアックな小型店がひしめいている。例えばオーラ写真専門の写真館、スキューバダイビングのスクール(まさか実技をしているわけではあるまい)など…。今日、イトーが4階を通ったところ「気学」の看板をかかげる部屋で数十人の生徒を集めて授業が行われていたと言う。気学…、いったいどんなことを講義するのであろうか。そういえば、日舞関係の教室もあり何曜日かは「かっぽれ教室」と出ていたような。私が地味に棚卸しなどをしている間にも頭上では気学が語られ、かっぽれが踊られているのか。これが、中野ブロードウェイというビルなのである。

●02.04.04 日常はストレスがいっぱい
 日常、小さなことでイライラすることが多いが、それは私が気が短いせいなのだろうか。例えば、人がたくさん乗っているエレベーターでドアのそばにいるくせに開閉ボタンの操作をしないでドアに挟まれる人がいても平気で見ている人に腹がたち、逆にエレベーターの奥にいるくせにボタンの近くの人に「5階を押してください」とか頼まずに人を押しのけてボタンを押そうとする人も頭にくる。あと、入口近くの人がずっとボタンを押して扉をあけていてくれているのに降りるときにお礼を言わない人も腹立たしい。エスカレーターの片側を急ぐ人用に確保してない人に腹を立て、若くて健康なのにノロノロと横に広がって歩いている人たちに苛立ち、後続の客がいるのに自分が電車に乗ったらとば口にとどまり中に進まない人にむかつき、傘を振りながら歩く奴に怒りを覚え、と私は細かいことに腹を立てている。なんだか小言老人のようだ。こんな小さなことに苛立ってばかりいてよいのだろうか。そんな自分がとても心配。

●02.04.03 ペイオフを考える
 この4月からペイオフ解禁…。これで銀行が倒産してしまっても、一千万以上お金を預けている人は、余分が戻されないかもしれない、自己責任の時代と言われているが、そうなると何だか銀行が心おきなく倒産できる?ようにも受け取れるので、タコシェも、銀行がつぶれた場合には預金が保証されても当分口座が凍結されたら当座の支払いに困らないように預け先を分けたほうがいいのかな…などと、お金がなければないなりにまた考えなくてはならない。
 それにしても、倒産等に備えてのプールのために、さらに金利がひきさげになり、1000万円貯金しても利息が一回分の手数料よりも少ないなんて…。銀行以外では、倒産したときのことをこんなに大々的に宣言している商売はないような気がするし、そういうことを決めておいてくれたからといってちっとも安心しない。例えば結婚前から離婚した場合の慰謝料の配分などを決めていて「あなたにはこれ以上はお支払いしません」という男性に対して計画性があるからと安心する女性がいないのと同じようなものではなかろうか。ふつうは、倒産しないようにいろいろと提案すると思うが、倒産したときのことをこんなに考えるだなんて。お金を扱っている、というかお金しか扱っていないのに大丈夫なんだろうか、そういうことで。などと素人の私は思ってしまう。
 もしかして、ペイオフとか自己責任とかいうこんなムードに乗じて、都合のいいことを言い出しているんじゃなかろうか、とも勘ぐってしまう。
 ジャーナリストとかマスコミにもこのあたりをちゃんとわかるように解明してほしいし、詳しいことを教えてほしいものである。
 そうなのである。ペイオフに限らず、新聞の社説などを読んでも「見直しが必要である」とか「今後の対応が問われる」とか、毒にも薬にもならない説明や解説が多くて困る。ああ、ニュース番組の街頭インタビューでマイクを向けてもらえたら、この不満を訴えることができるのに。
 と偉そうに、こんなことを書いているたった今、自分の社会の窓が全開であることに気づいた。何か腹にしまりがないと思ったが…。いつからであろう。これで接客もしたし、外に買い物にも出ていた、恥ずかしい。

●02.04.02 版元を訪ねる
 先週で「自殺サークル」発売記念の古屋兎丸さんの展示が終わったので、店に来る途中、お世話になったこの本の版元のワンツーマガジン社を訪問。といっても約束していたわけではないので、あいにくご担当のMさんをはじめ皆さん出払っていて直接にご挨拶はできずに、名刺などを置いて帰る。
 といっても決して空振り感はなく、私は版元を訪ねるのが好きなので留守でも会社に行けたというだけで結構嬉しい。例えば、人と知り合うと「この人どんなとこに住んでるのかな?」と興味を持つことがある思うが、同じように本を見るとその版元にも興味がわく。
 結構、大きな会社かな、と思って訪ねるとビルやマンションの中の一室でがんばっていて奮闘ぶりが感じられたり、逆にあまりよく聞かないけど小規模でやっているのかなと思うと別業種の親会社があってかなりゴージャスな環境に驚いたりと、見た目でも意外性が楽しめる。
 またタコシェでもお取り扱いしている本のポスターや宣伝材料が部屋に貼ってあったりすると活気づいて見え、「お、力を入れてるね」と思って、こっちも頑張ろうと思うし、そこにいる人たちの感じから社風もなんとなく伝わってくる。
 さらにさらに、編集者というのは、本のあとがきに謝辞を書かれたり、あるいは本そのものの立案にかかわっていたりするので、本を手にとれば多少はその影を感じることができるけど、本からはなかなか見えない営業の方にお目にかかれることも嬉しい。
 たまには自社の出版物を把握しきれてない方もいらっしゃるのだが、わりと古典的な文学作品を中心に出版している会社で「クィア関係のものとかは出していませんか?」なんて漠然と営業の方に訊いたときに、書庫からポンポンと本を出して簡単な説明までしていただいたときには、感激した。なんていうの、足を見てピッタシの靴をすすめしてくれるシューフィッターとか、好みを伝えてドンピシャリ出してくれるソムリエみたいに、その人がすばらしく見えてくる。
 そんなわけで、版元に行くというのは楽しい。これからも、仕事の邪魔かもしれないけど、お伺いします…。

●02.04.01 待機の日々
 昨日は昼過ぎ、鈴木翁ニ先生の絵が到着。検品してから、価格の確認をして、額装、展示という具合にあわただしく時間がすぎて、一通りのことをするだけで、気がつけばもう夜になっていた。週末に絵を御覧になる予定でいたお客様には本当に申し訳ありませんでした…。まだ、2日後くらいに追加の品物が少し届くかもしれません。
 今日は、夕方、4月8日からスパンアートギャラリーでの個展のために帰国した林良文さんや6月にフェアを予定している川崎タカオさんが相次いで来店。色々な人に来ていただけるのは嬉しいが、一方で打ち合わせなどをしつつ、一方で接客してという状態は、コントで体を半分ずつ男女に分けた扮装をして向きを変えるたびにキャラクターを変える一人芝居みたいなかんじ。


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