Diary August.2001  トップへ
2001年05月の日記 2001年06月の日記 2001年07月の日記
2001年04月の日記 2001年03月の日記 2001年02月の日記 2001年01月の日記 2000年12月の日記 2000年11月の日記 2000年9.10月の日記 2000年8月の日記

by Ayumi NAKAYAMA

●01.08.31
映画「テルミン」はテルミン博士本人の演奏や晩年のインタビューや関係者の証言、またテルミンを取り入れた怪奇映画の数々のシーン、テルミンを取り入れたロックミュージシャンたち(ビーチボーイズやトッド・ラングレン)、シンセサイザーを開発したムーグらが出てきて、これまで書かれたものを通して知っていたことが立体的に理解できたような気がする。ただし、映画ではかつての愛人で愛弟子でもあった第一級の演奏家、クララ・ロックモアと博士が再会し、ニューヨークの街を二人が歩いてゆく後ろ姿でめでたく終わっているのだが、竹内正実氏の書いた「テルミン」では、博士が亡くなり秘密裡に埋葬されたことなど、ペレストロイカ後もまだまだ明しきれないでいる過去やこれからの研究の課題がほのめかされていて、別の意味の奥行きを持っている。本の方もまたタコシェに入荷の予定ですので、映画・本をあわせてご覧ください。

●01.08.30
今週末は横浜で行われるトンチキハウス(http://www.tonchiki.com)に参加する予定。タコシェ以外にもいろいろなアートショップなどが出展したり、イベント・展示もたくさんあるので横浜方面の方はぜひご覧ください。
 かつて後楽園の夏季限定の屋台に参加した際は、ちっとも売上がたたず(そりゃあ、せっかくデートとかで来てるんだもの、荷物になるマニアックな漫画やレコードなんてわざわざ買わないよね。飲食関係か金魚すくいみたいなゲームじゃなきゃはやんない)、猛暑で向いのブースにいた蝦蟇の油売りのおじさんは心臓発作で倒れる恐怖シーンもあって何やらたいへんな思いをしたものだった。岸野雄一とrest of lifeの西岡さんとで汗だくになりながら涙の撤退&搬出をした後、実は私は日を改めて苦い思い出の場、後楽園を訪れたのであった。目的は回転木馬に乗ること。なぜ、回転木馬? それは私が学生の頃に亡くなった父が、生前、「一度、回転木馬に乗ってみたかった」と言ったのを母からぽろっと聞いてずっと心にひっかかっていたからである。父親と遊園地に行った記憶はさだかでないのでが、1度か2度は行ったのではなかろうか? そのときに保護者として子供と一緒に乗ればそれでよかったのだろうが、なぜか乗る機会を逸した父は、まさかちょっと乗ってみたいという理由で遊園地にわざわざゆくこともなく、あるとき、ぼよよ〜んと「回転木馬に乗ってみたかった」と漏らしてしまったのであろう。叶わぬ願いではないものの、なんとなく逃してしまったお楽しみといおうか。そこで私はビデオテープなどの上書きよろしく、苦々しい想い出をメルヘンカラーに塗り潰すべく、中年男の叶わぬ夢であった回転木馬に跨り「ああ、生きててよかった、ほ〜ら回転木馬にだって乗れるんだもん」と喜びをかみしめたのであった。ああ、よかった。しかしこうやって書いてみると、秋風がふきはじめた夕刻の遊園地での一人回転木馬。かなり寂しい光景である。

●01.08.29
最近、給料体系の見直しを考えている。お店の場合、お客様の多い少ないの波に関係なく、ある一定の時間は店をあけて仕事をしていないといけないのだが、それだけの単純時給計算で給料を出すとすると、仕入れや企画などの面での仕事の評価ができない。あるいは人間はすべてをまんべんなくこなせるものでなく、事務作業を的確にこなしながら、珍しい企画もひねり出すというのは難しい。というので、この2つを別々に算定するようになれば、出来高も反映されるし通常の業務もなおざりにならないのではなかろうかというわけで、その具体的な方法を頭の中で試算してみたりしているのである。なんとなく不景気なムードなので、何か仕事に張り合いのできる要素をお店の中では作りたいと思うのである。

●01.08.28
銀行で記帳して気づいた。タコシェを現在の場所に移転して内装を変えてオープンするために銀行から借りていたお金をついに返し終えた。借りたばかりの頃はまさか借金をする人本人が連帯保証人というのになるとも知らずに、世の中でもっともなってはいけないと言われている連帯保証人というものになってしまったのか…と頭の毛が一晩で抜けるか白髪になるんじゃないかと思うくらいのショックを受け眠れなかったものだが、人間はうまくできているもので、3日もするとショックにも慣れて次第に何とも思わなくなってきた。マイホームのローンを返済している方からみれば大したことはないかもしれないが、まったく蓄えもなくまた将来の保証もない我々ゆえに、当初は、もし店の売り上げで返済できない場合はどうする? もっと原稿を書けばなんとかなるか…などとちょっと深刻になったりもした。借金をしたのはもう5年前? 当時は21世紀まで払うの?と気が遠くなったが、毎月のこととなってみれば淡々としたもので、むしろゴールに近づく喜びみたいなものもあった。お勤めをしていると仕事のために自分が借金をするということはなかなかないと思うのだが、店をはじめたお陰で借金という貴重な経験を積むことができて勉強になった。

●01.08.27
CDを店内でお客様が自由に視聴できるプレイヤーを購入。暇を見てとりつけよう。納品者の方からいただいたサンプル盤もできるだけ有効活用できるようにしたい。

●01.08.22
昨日21日は、石井隆さんにお目にかかり9月のイベントの件で話をした。実際のところは、打ち合わせは日頃、電話で少しずつ話をしているので、その最終確認程度で、話の大部分は石井さんの近況を聞いたり、青春時代のことをたずねてみたり、といった雑談である。
 今日は台風11号が東京に近づいているせいかさすがにお客様も少ない。いぬちゃんの絵のついたレインコートを店頭に出してプッシュしてみたりするが、お客様自体が少ないのだからレインコートもそうそう売れるものではない。台風が近づいているとなると興奮してきて、「高いところにでものぼって荒れる東京を眺めてみたいわねぇ」と言うと、イトーに「こんな日は屋上や展望台だって閉まっているんじゃないですか。行くだけ無駄かもしれません」と注意される。それより、あまり台風が強いと倉庫に雨水が吹き込み本が濡れてしまうかもしれなく危険なのである。外壁の修復はとても予算的に無理なので、一度、壁と本棚の間に防水シートを入れるなどした方がいいのかもしれない。本格的な台風シーズンを迎える前に手を打とう。

●01.08.20
昨夜は、店員一同、たいへんな遅刻をした土屋慎吾先生と閉店後、お食事に。そこで、土屋先生が、地元・愛知県のスーパーに併設されるアミューズメントパークのアートデザインにかかわっていらっしゃることやら、SMの責め具のパッケージのお仕事をなさっていることなどを伺った。責め具は「ジュンちゃんマキちゃんのイタミを伴う快感5点セット〜不良性欲処理バイブ、肛門改革ローション他」というようなもの。
お客様に差し上げるためのチラシやイラストをプリントアウトしようとして2時間以上遅刻したり(ご本人は「こんなことしてないで、時間通りに来ることが先決だったんだな…」と反省なさっていらしたが)、かわいい子供さんたちが遊ぶための遊園地にかかわったり、SMグッズのパッケージの仕事をなさったり、先生の活動は予測がつかなかないうえに多岐にわたる。劇画以外の先生の仕事ももっともっと紹介したいものである。

●01.08.19
今日は14:00から土屋慎吾先生のサイン会のはずであったが、昼過ぎになってから先生から遅れるとの連絡。3時すぎになるとのことなので、急遽、サイン会は15:30からに。ところが3時すぎになっても、先生の訪れる気配はなく、連絡を入れてみると「横浜近く」にいらっしゃるという。衝撃、そして脱力。電話の声を漏れ聞いたお客様も一様に緊張の糸が切れたかのようにガックリなさるのが見てとれた。お待ちいただいたお客様の中でご都合のつかない方には本をお預かりして先生にサインを入れていただいた後でお渡しすることにして、お帰りいただいたりもした。結局、先生は4時すぎに見えたが、どうやらサイン会をもりあげるために店内に貼るビラなどをプリントアウトするなどしていて大幅に遅刻してしまったらしい…。店に到着するなり、サインや色紙描きを大急ぎで展開。店員の濱岡も先生にお持ちいただいたスチュワーデスさんの制服に着替えたのだが、スカート丈が短かく、小刻みにしか動けないといって本当に小刻みにしか動かないのであった。

●01.08.17
テレビCMでマイラインのことをよくやっているが、どこが得なのかよくわからず、これまで通りにしていたのだが、営業の方が店に来てくださるというので、某社のお話を聞くことになった。一社の中にもいろいろな合わせ技があったり、パックの種類がいくつかあるので、一通り説明してもらってもいまひとつわからず、とても自分の理解力がないような気がしてしまった。とりあえず、今の段階では市街通話が200〜300円得するだけのような気がしたのだが、従来の会社にも似たようなパックがあるのかもしれずそれに登録すれば同様なのかもしれない。経費節減と思ってみるのだが、本当に節減になるのはどこなのであろうか?

●01.08.16
もうお気づきかと思うが、ようやく新入荷の商品の部分で本やミニコミの説明に判型とページ数を入れるようになった。以前、私はデザイナーの坂本志保さんから判型について、本は定型の紙から作られるのだから基本的にコピー紙などと同じようなAとBの定型のヴァリエーションで、変型というのも定型のいずれかの一辺を切り落としているからA4変型とかB4変型というようになります、と教えていただいていたのだが、それでも何かよくわからなったりしていた。毎日本を扱っていても、四六判とB6判など殆ど同じくらいで微妙に違うものなどもあって、完璧に表示を書き分けることができるかどうかやや自信がないが、どうぞ目安にしていただきたい。

●01.08.15
暑さにかまけてうだうだしているうちにも、現代美術の小沢剛さんが横浜で行うアートイベントのスケジュールは決まりタコシェも参加することになるやら、石井隆さんの本の出版も決まり店内イベントを行うこととなったりで、周りの流れにおされつついろいろなことが決まってきた。小沢さんのイベントでは、タコシェは秘蔵初期jizoingグッズを出す予定。今じゃなかなか手に入らない貴重なもの。石井隆さんのイベントは出版記念ということで、これまでとは違ったものにしたいということで、今まであまり出ることのなかった下書きや自ら発表しないでいた原稿なども出して販売することになりそう。

●01.08.13
世間はお盆休みだが、こんな日でも営業マンの方はタコシェに見える。暑い中、休暇シーズンの中、頭のさがる思いである。ところで、その中のひとり、中洲通信のIさんから左のようなお土産をいただいた。通常、おみやげをいただくことは殆どないので(こちらもお茶ののひとつも出さないし、いつもたくさんのお店に何度となく足を運ぶのだからいちいちお土産を持っていくのはたいへんだし、なくて当然であろう)、「今日はおみやげがあります」と言われただけでとても嬉しく期待は高まったが、かばんから出てきたのは予想外の変わりネタであった。聞けば、営業の途中で神保町から九段方面へ出ると、ヘリコプターはぶんぶん飛んでいるし、道には報道関係者から、公式参拝に抗議する人、一般参拝者でごったがえしていて、何かと思ってちょっと近づいてみればそこは靖国神社。小泉総理の公式参拝が行われるとのことで、参拝賛成の団体が日の丸を配布していたとのことである。そこで手にいれたのがこの旗なのだそうだ。たまたま居合わせて旗を貰ったおばさま方は、旗を貰えた嬉しさから喜んで誰に向けてというでもなくその場で旗を振っていたという。そうか、私の知らぬ間に終わっていた公式参拝…。

●01.08.10
去年、私はテルミンの演奏会のお手伝いをしたが、明日から、記録映画「テルミン」がいよいよ公開になる。テルミンを1920年に発明しソ連はもとよりヨーロッパ、アメリカで演奏を行い、マンハッタンに事務所まで構えたテルミン博士はこの間、諜報活動にも加わり、38年には突然姿を消し、その後、母国で密かに盗聴器の発明に従事させられ…と波瀾万丈の人生を送り21世紀を目前に97才で亡くなるのだが、映画にはテルミン自身も出てきて、貴重な演奏姿シーンを見ることができる。さらには初日には「テルミン」という伝記を著した、テルミン演奏家の竹内正実さんのデモ演奏もあるので、テルミン未体験の方は是非! 博士をはじめテルミン演奏の第一人者クララ・ロックモアなども出てくるので、これだけでテルミンについての一通りを知ることができるはず。

●01.08.08
「靖国」に続いて、「東京の地霊」を読む。荒俣宏の『帝都物語』では東京の各地に作られた銅像はこの土地の霊や封じ込めていることが書かれていたけれど、靖国だけでなく、東京各地の来歴をひもとくことは面白い。先日も日光に行ったが、日光が東京の鬼門に位置し、亡くなった徳川家康や家光が死んでこの土地に埋まることで東京を守ろうとしたことは書いたが、上野にも東照宮や寛永寺があって、これは京都の比叡山にならって江戸城の鬼門に作られた寺になる。それやこれやの経緯もだんだんに過去のこととなり街の様子も変わっているのだが、その原因となるのが第2次世界大戦や関東大震災であり、さらには明治維新である。考えてみれば明治維新によって、武士たちはみんなリストラされて家や土地をとりあげられてしまったようなものなのだから、お武家様のおかれた状況を察するに今日の不況よりもシビアだったのではなかろうかと思われる。社会が変わるときは土地の持ち主が大きく入れ替わったりするのだなぁとわかった。となれば、今は変化の真っ最中という気がして、なんか楽しい気持ちになってくる。

●01.08.07
昨日は閉店間際に女の子二人組のお客様がいらして、お買い求めのCDのことでちょっと質問されて、お応えするうちに話がはずんで、おすすめ品をと求められいくつか選んでみたりした。果たしてお帰りになって聴いてみてお気に召したでしょうか…。ちょっぴり不安ではあるが、そこはそれ、演奏しているのは私ではなく、ミュージシャンの方たちなのだから大丈夫。気に入っていただきたい、気に入っていただけたら嬉しいという気分です。それにしても、ふだんはお店の奥にいることが多くて、ほかに店員がいるときは店員に接客をまかせているので、ときどき店頭に出てお客様とお話するとこ〜んなに楽しかったっけという気分。接客いいな、楽しいな。コンピュータに向かうばかりでなく、接客タイムも増やした方がいいんじゃない。こうやってお客様から楽しさをいただけて、「あ、これが楽しくて私はお店をやってたりもするんじゃない」という思いが甦った気がした。

●01.08.06
今日は岸野雄一がお店にチラシを置きにきた。音楽美学講座なる夏期集中セミナーをコーディネートしたとのことだが、宣伝で遅れをとっているらしく自らチラシまき。講師は大友良英、田口史人、常盤響、湯浅学、ほかたくさん。音楽の聴き方にポイントを置いた講座だそう。詳細は後日アップします。
さらにフェルトでお人形などを作っているコヤマアキコさんが作品を持ってお店に来てくださる。極彩色でいて目玉が体中についていたり、頭に針が何本もつきささっていたりする、手製フェルトの不思議な人形。私も原毛からフェルトを作ったことがあるけど、その肌触りとか色の混ぜ具合などは焼き物と同様完全に予想しにくく、コヤマさんもやはり色をまぜたりしながら変化をみつつ数日かけて小さな作品でも作りあげるとのこと。肌触りのあたたかな作品はちょっぴり涼しさを感じるはじめる9月に棚をとりはらったミニコーナーで展示する予定。

●01.08.03
靖国問題の参考にと坪内祐三の「靖国」を読む。神保町によく出たり、市ヶ谷方面にある学校に通っていたわりには、なぜか足の向かなかった靖国神社。一度、学校をさぼって千鳥ケ淵に出向いたおりに靖国神社に行って途中で買ったたこ焼きやアイスなどを食べて覚えがあるのだが、なんだかまわりがジジババばかりだった印象が。神社仏閣には落ち着きのある年代の方が多いのだが、靖国は特にである。神社といいながら大砲などを陳列していたのが印象的であったが、改めてそうした靖国神社の佇まいを思い、その歴史を辿ってみると、どれだけ私が靖国神社のことをわかっていたのだろうかと思う。靖国神社なしの、靖国問題である…。

●01.08.02
昨日はショップカードなどをデザインしてくれたY君のところにできあがったものを届けた後、吉祥寺のトムズボックスへ。どいかやさんの個展の初日で、いろいろな方が集まっていたので、私もその中に加わって打上まで参加。トムズボックスで、ハンガリーのナイーブ・アートのパンフレットを見つけた。ナイーブ・アートとは、農民や職人などおよど美術に関係ない出自の人が仕事の合間やリタイア後に描いた絵やオブジェで、遠近法などに関係ない描き込みが面白い。タコシェで取り扱っている口琴を作っているハンガリーのゾルタン・シラギ氏はナイーブ・アートを愛し、巻上公一夫妻が彼の元を訪ねたときも、ゾルタン氏自らが美術館に案内してくれたというのを聞いていて興味を持っていたのである。前から置かれていたらしいが、発見できて嬉しかった。
 夕方、丸尾末広さんを訪ね、作品をおあずかりした。

●01.08.01
春にフェアでお世話になった椋陽児先生の訃報が届く。フェア後も作品の返却などで連絡をとっていて、もろもろが済んだのはつい1ケ月ほど前だったのではないだろうか。私は先生と直接の面識はなく、大西が先生と店の間を行き来していたのだが、実はフェア前に私もお店の代表として先生にご挨拶に伺う予定があった。なにしろ、先生にとって長い画業の中で初めてのフェアであり、メディアなどにも露出が極端に少なかっただけに、少しでも安心していただければ、ということで大西が上司共々ご挨拶に伺いたいと申し出て、先生も喜んでくださっていたらしい。しかし、最後の最後に大西が念のため上司というのが女性であり、一緒に先生の絵を拝見して構わないかと伺ったところ、女性には刺激が強い絵ゆえに先生が遠慮されたのであった。確かに刺激的な緊縛画ではあるが、ちょっとミステリアスな存在である先生のお宅に伺えるのを楽しみにしていた私にとって残念であった。結局、お電話でご挨拶をしただけに終わってしまったが、フェアの前から体調が万全でないことは伺っていたものの、万全でない状態が日常と化し、その中でエネルギッシュに活動し冗談などをとばしているご様子を大西から伝えられていたし、フェアの後ももろもろの事務的な用件で連絡をとりあっていたので、まさかの訃報であった。お目にかかれずにいたこともことさら残念に思われた。椋先生のご冥福を心よりお祈りいたします。