Diary july.2001  トップへ
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by Ayumi NAKAYAMA

●01.06.28
サーバーにうまくデータが送れず更新ができない。

●01.06.27
知り合いを介してお目にかかった鍼灸師の先生に針を打ってもらう。最近、以前にくらべ活力がなくなっているのだが、医者に行けば虚弱体質と診断され、鍼灸師の先生にも「疲れやすくすぐ横になりたいのではありませんか」などと言われ、そこまで疲れやすくはないのだが、丈夫なことだけが自慢であった私にとっては「えー、虚弱なだったの?」という心境。確かに以前は夜仕事が遅くなると店の床に段ボールを敷いて寝て、明け方からまた仕事してというのが平気であったが、最近はする気になれない。数年分の不摂生がまとめて出てしまったのだろうか。なに、元気になってみせるさ。

●01.06.26
猫を病院に連れていったり、人に誘われて食事に行ったりバタバタしているうちに日記をずっと書いていなかった。
今日はシュバンクマイエルの新作でこの秋にユーロスペースで公開される「オテサーネクー妄想の子供」のご案内をいただいた。チェコの民話をもとにした物語だそうで、子供のいない夫婦が木の切り株を子供として育てるというお話。オテサーネクをたくさん食べてすくすく育ち、犬や豚や農夫まで飲み込み、ついには両親まで飲み込んでしまうというちょっとブラックな筋書きだそう。タコシェでもチェコアニメやクレイアニメなどが人気で、そのことで私もますます興味を持っている。

●01.06.21
昨日は宇田川新聞さんの個展の最終日だったのでギャラリーOPA!へ。展示されていたのは宇田川さんの作品のごくごく一部だが、ギャラリーで改めて眺めると印象も変わっていいものだ。またディスプレイや額装の効果というのも実感させられる。ここの藤波さんは、オーナーというよりもおもてなし上手の主というかんじで、来客に麦茶などすすめてくれて、ギャラリーで作品鑑賞というより宿にでも着いてホッと一息という気分にさせてくれる。私にとっては表参道の和み空間で近くに行ったついでに寄って用もないのに展示を見てお茶を淹れていただいてまったりと飲んで帰るなんてこともある。おすすめのスポットである。
 今日はタコシェにチェコ旅行から帰ってきたKさんがみえて絵本作家JOSEF LADAの絵本を何冊か見せてくれた。以前、シュヴァンクマイエルに関する展示をタコシェでした際に、LADAの絵も1枚だけ飾っていたので、思いがけない再会といったかんじでうれしかった。絵本が古いせいか、それともLADAの特徴なのか、ちょっと退色したような味わいある色彩が素朴でほのぼのとした絵柄とマッチして魅力的である。日本でもチェコアニメブームとあわせてもっと紹介されるといいのにと思う。

●01.06.20
昨日は知り合いの若い編集者に誘われて、唐十郎さんの第一回花園賞受賞祝賀会に参加した。私は十数年にわたって唐さんの舞台を観ているのだが、編集者は最近のものしか観ていないので、是非一緒にというわけである。私はお芝居を見始めた80年代は小劇場ブームというものがあったが、それとは別に天井桟敷と状況劇場は脈々と活動を続けていて、どちらかというと恐山的な豊饒さに満ちた寺山ワールドよりも私は自分と同じ東京の下町をバックボーンに持つ唐さんの世界への共感が強かった。唐さんの書くセリフ、あるいは唐さんの歯切れのよい口跡は、東京弁圏?のもので、同じ言葉で話したり考える人としての共感が大きかったのだと思う。学生時代、観劇の途中の休憩でふと後ろを見ると著者近影の写真通りに黒いとっくりセーターを着た澁澤龍彦氏がいてワクワクし、芝居がはねた後もその場を立ち去り難く、酒宴に盛り上がる紅テントのそばにいたら四谷シモンさんが出てきたので、澁澤氏の本とペンを出してサインをもらってくれるようにお願いしたことなどもあった。劇中歌のテープをわざわざ家で繰り返し聴いたりもした。というわけで今年で60才という唐さんは私にとってはいまもってアイドル的存在で、誘われるままにいそいそと紅テントへ出かけたわけである。ご本人の挨拶についで、若松孝二監督の祝辞、佐野史郎氏らの演奏にあわせた四谷シモンさんの歌(となりで木野花さんが思わず口ずさんでいたりして)、原田芳雄氏によるりんご追分など、状況少女であった私にはミーハー心がかき立てられたひとときであった。タコシェでは寺山修司関係の書籍やビデオを多く扱っておりお客様にも人気なのだが、唐さんのものは少ない。というのも品物自体が少ないのである。かつて唐さんにお話をうかがう機会があったときに「自作をまとめたり、保存する気持ちはないのですか」と質問したところ、「誰かがやってくれればいいんですけどねー」と笑っておられたが、いまでも文学や演劇を語ると古今東西の文献をツルツルっと引用し、テントで新作を創作し続ける唐さんは、旧作を校正するよちも新作を世に送り出すことに熱心な現役なのである。といっても、唐さんの演劇が映像などを介して多角的に後生に伝えられないのはもったいないとも思う。というわけで、紅テントでしか観られないのだから、以前は状況劇場に足繁く通いながら最近の作品を観てない方や、唐組を全く知らない若い人にも是非是非、足を運んで唐さんの芝居を観てほしいと思ったりするのである。

●01.06.18
デジカメのおかげでホームページに画像が簡単に取り込めたり、店でのイベントの際に撮った写真をすぐに近所のカメラ屋さんの機械で簡単に焼き増ししたりできるようになった。これはまだデジカメがさほど普及してないとき、といってもごく最近のことである。タコシェ通信に日記を連載していた松沢呉一は取材ででかけた先の風俗店などの写真を日記とともに出したものだが、仕事がら?裸やヘアが多く、表現の自由云々よりもできるだけタコシェ通信をいろいろな場所に置いてほしいと思っていた私にはわざわざヘアじゃなくても、という気がないわけではなかった。ヘアや裸に対する抵抗感はないのだが、預かったフィルムを写真店に出せば現像を拒否され、せっかくみつけた格安の印刷所からもタコシェ通信の印刷自体が拒否され、結局、労力やコストを考えると、裸やヘアはそれなりの負担であった。しかし、一度預かった写真をコストのことだけを理由に松沢に返すのもいい気持ちがしないという、まったくのやせ我慢から、私はやっきになっていた。(コストのことだって立派な理由なのにね)だめもとで現像所にフィルムを持ち込むと、店員が困った顔をして「あのですね、こちらは現像できません。というのはですね、何が写っているか、お客様はご存じで…? 女性のですね、いや、お話するのはやめときましょう。とにかくうちでは現像できませんので」と言われるのであった。「そうですか、ダメですか」と言いながら苦々しい表情をする私であったが、にがにがしさの原因は現像所ではなくむしろ松沢やら、何が写っているかおおよそ承知していて持ち込む自分にあった。なんとかしなくちゃ、と焦心のうちに現像所を出て店に戻ろうとすると通りかかった友沢ミミヨさんに声をかけられた。行き詰まったところで知り合いの顔を見てほっとしたのか、私は一挙に事の経緯を彼女に話した。すると「そんなことしてたら、中山さんが松沢さんと変態投稿夫婦だと思われちゃうじゃない!」と指摘され、改めて自分の置かれている立場やらやっていることの恥ずかしさやらに気づいてあわてた。そんなことからデジカメとコンピューターが変態の強い味方であることを思い、あらたな表現を感じさせられるのであった。

●01.06.15
昨日は原宿でのアックス展を見に行った。3月までタコシェで店員をしていた津川聡子も出品しており、いろいろな手作りグッズを量産していた。店でデザインやグッズ作りなどをやってもらった経験がおもわぬところに生かされていた。アーティスト情報コーナーに詳細があるが、原画展示だけでなく、参加アーティストのオリジナルこものなども販売されていたので、興味のある方はどうぞ。
 その足で、OPA!ギャラリーでの宇田川新聞さんの展覧会もと思ったが、行ってみたら定休日であった。渡しそこねた花束を持って知り合いの編集部に行き、意味なく花を進呈して帰る。

●01.06.12
20日に発売する「河原官九郎」の特設コーナーに関する打ち合わせを行う。河原官九郎とは最近注目を集める脚本家・役者の宮藤官九郎とハイレグジーザスの河原雅彦の二人の雑誌連載をまとめた本である。編集のIさんが熱心で何かスペシャルなことをというわけで、ふたりでオリジナルグッズの相談などするのだが、いい大人が本当にほしがるものというのを思うとなかなか難しい。

●01.06.11
漠然とではあるが、移転5周年を記念して、お客様用のオリジナルの袋を作ろうかなと考えている。手提げとか紙袋とか、本などを入れるあれである。もともと、欲しいと思っていたのだが、なんとなく手が出せずにいたのである。よくOLがブランドものの袋を使いまわすように、高校生の頃は素敵なレコード店の袋などを学校にゆくときのセカンドバッグがわりにしたりということがあったので、そうやって気に入っていただける袋が作れればと思うのですが。ただイラスト系のものだとその作家さんのカラーが出て趣味とかお客様を限定してしまうかな、などと思っていたのですが、今日、ぼよよ〜んと、いいアイデアが浮かびました。思い当たった人にお願いする前に、袋屋さんに見積もりでもお願いして、本当に私たちで作れるのか確認してみるとしよう。

●01.06.08
アメリカで13才からたばこ2箱をすい続け肺ガンになった男性がたばこ会社を相手に訴訟をおこし3600億とかを要求したらしい。たばこの有害性を会社がきちんと説明しなかったという理由らしいが、そんなの会社が言わなくてもみんなが言っていることだとは思う。それにしても、たばこの場合、そうやってお金を要求できるが、本の場合はどうだろう。推理小説やミステリーは犯罪のヒントがたくさん書かれているだろうし、矢沢永吉の「成りあがり」などに魅了されて人生に何パーセントかの矢沢をブレンドした人も多いはずだ。たばこで賠償が認められるなら、本屋や出版社も訴えられてもおかしくないような気がする。たばこばかりが俎上にあがるというところにたばこの特殊性を感じなくもないが。それから、食べ物でもうなぎと梅干しは食い合わせが悪いなど一緒に食べてはならないものがあるが、本の場合も思想的にブレンドしてしまうとまずいものなどもあるのだろうか。ブレンド方法やタイミングによってはいけないものもあるような気がする。食い合わせだとか漂白剤のブレンドには神経質なわりに本の読みあわせ?はいっこうに論じられないことも気にかかる。

●01.06.07
つゆに入ったようだが、皆様はお元気でしょうか。タコシェでも女優のスキャンダル写真を掲載した雑誌が2日で売り切れてしまい、問い合わせも来るのだが、追加は不可能な状態である。マーフィの法則ではないが(って持ち出すものが中途半端に古い)、売れるものは追加がきかなかったり限定品だったりして、ああもっとあれば売れるのに、と悔しい思いをすることがある。あるいは、だいぶお店に置いてあって返品した後に、わざわざ店頭に問い合わせに見えるお客様がいたり、そのタイミングたるや地団駄を踏みたくなるようなものである。

●01.06.06
私はなりゆきで銀行からお金を借りてタコシェをやることになったわけで、もしそういう巡り合わせがなければ何もないところで自分からお店をはじめなかったのではないかと思う。もちろん、成り行きではじめたものであっても、その過程を自分なりに楽しもうと心がけてきたつもりなのだが、ひとつだけ苦手なことがあり、それは年長者としてあるいは上司として店員たちにそれらしくふるまうことで、年長といっても世代が違うわけでもなく何歳か年上なだけなので偉そうなことを言えた立場じゃなし、自分とて企業で働いたことがあるわけでなく常識もないと思い、上司としての力を全く発揮してなかったといっても過言ではない。だいたい、店員たちは当たり前にわかっているのに、私だけが知らないことなどもあるわけだからそう考えてしまっても仕方ないのである。そんなわけで、ときには、もしかして私が一緒にいない方がこの人たちは働きやすいのではなかろうかと不安になったり、イトーや大西などに対しては食事をご馳走しようとして誘ったりしたらセクハラかな?などと悩むところであった。しかし、最近、濱岡が新しく店に来て、あきらかに年も違い、ときにお問い合わせの電話に「さあ、わかりません」などと応えているのを見て、「ちょっと、お客様に何か聞かれた場合はね、かくかくしかじか」というように、ようやく上司面ができるようになってきたのである。年をとることでおのずと身の処し方が変わってくるというか、新らしい経験である。

●01.06.05
メールで通販のやりとりをしていると、わざわざ商品が到着したことや気に入ったことをお知らせしていただけることがある。意外とお店にいても、面と向かってまともに感想を伝えられることはあまりないので、こういうときはすごく嬉しい。しかし、逆に見えない相手だけに、一度行き違いがあると、たいへんに落ち込む。初対面の相手にのっけから粗相をしてしまうような。ここ数日のうちにも、メールをお送りしたはずが、届いてないということでお叱りを頂戴した。さらにはお詫びのメールやさらなるお詫びのメールも届かず、誤解は広がる一方である。あるいはトラブルがあった場合はお電話に切り替えて対応するのがよいのかもしれない。なんか、うまくできない自分にもしょぼーんとした気分になる。