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- 2000年9.10月の日記 2000年8月の日記
- by Ayumi NAKAYAMA
- ●00.11.30
- 新宿の模索舎が刊行する雑誌目録に広告を掲載していただけることになったので、版下を届けにゆく。模索舎の店内はレイアウトを変えてすっきりしていた。いいなあ、きれいな店内。店に戻り、別の広告のための版下づくり。これまで切り貼りでやってきたのだが、コピー&ペーストならぬコピー&切り貼りを続けてきたために非常にみすぼらしくなってきたので、1から作り直した。キレイになっとほめられる。ようやくソフトを使えるようになってきたこのごろである。
- ●00.11.29
- お店が始まるのは12時なので、なんとなく遅い出勤となりがちだが、浅草橋・秋葉原・お茶の水といった辺りで備品や仕入れなどしながら店に向かい、その途中に昼食でもと思いつつ、安くてうまい店がみつからないときほど哀しいものはない。しかも、ようやくみつけたと思ったらランチタイムの看板がまさに仕舞われるときだったりする。そしてそういう日に限って仕入れでも頼んでおいた本がまだ届いてなかったりめぼしい品物がなかったりとさびしいのである。今日はそんな日であった。しかし、そうやってランチを求めて、裏原宿に匹敵する裏神田(たった今、勝手に命名。最近新しい古書店などができてきて活気づいているエリア。雑誌などで裏神田特集など企画してほしい。いいと思うのだけど)を歩くのも悪くはない。
- 6時から新進青春漫画家・古泉智浩氏が新潟から来店。。急な催しで平日とあって人出は決して多くなかったが、お客様やお知り合いの来店でなごやかなトークは途切れることなく続いた。たくさんのお客様においでいただくにこしたこはないのだが、タコシェで作家をお招きするイベントでは、著書にサインを入れてさしあげるだけでなく、ちょっとしたやりとりができる余裕や雰囲気のあるものが理想と思っている。
- ●00.11.28
- 昨日は店に出ていたのだが、夕方からテルミンコンサートのお手伝いに出かけたためにホームページの更新ができなかった。私は受付に立ち会って、自分が注文を受けたお客様がきたら応対をするつもりで、チケット発売に間にあうように店を出て、浅草へ向かったが、現場の受付では持ち場を与えられて一般のご予約も含めて応対することになったので、お客さんに対してはスタッフの一員としてちゃんとおもてなししなくてはと気持ちがひきしまったし、みなさんと一緒に作業ができて楽しかった。初来日とあって様々な手続きに手間取り宣伝が遅れてしまいお客さんに来ていただけるかと不安であったが、昨夜は多くの方においでいただいた。そんなんでてんやわんやもしたし、リディアさんの年季の入ったテルミンにアクシデントがおこり急いでご本人が直す一幕もあったが、それらを含めて初の来日コンサートを精一杯やりとげることができたと思う。演奏は、バッハやサン・サーンスなどのお馴染みのクラシックから、アヴァンギャルドなものまで。哀調を帯びたメロディを奏でたり、ベースやドラムのような轟音を奏でたり、宇宙的な音が飛び出したり、テルミンの音と演奏のヴァラエティに接することができた。そして空中でみえない音階を確実に刻む先生方の仕草に故・由利徹の運針を思い出した…。好奇心旺盛なご近所の方が聴きにみえたり、色々なお客様にいらしていただいたが、そんな風にして「どれどれ」と人が集まるのが「東京」なのだそうだ。全国をツアーするミュージシャンのスタッフも同じような事を言っていた。東京にばかりいる私はそのノリを意識したことがなかったが、そうやって聞くと東京も意外にいいところではないか。
- 明日は新潟から新鋭漫画家・古泉智浩さんがタコシェにやってきます。隠れた名作「俺様父ちゃん伝説」を掲載するフリーペーパー「大内アパート」も配布の予定です。閉店までやってますのでいらしてください。
- ●00.11.26
- いよいよテルミンの東京コンサートが明日に迫る。世界的なマエストロ、リディアさんがロシアから来日するということで宣伝活動をお手伝いしてきたが、私がお役に立てたかは疑問。チラシを無駄に撒いてあっちこっち行っていただけではないかという不安な気持ちもある。明日の7時から、浅草のスクエアAで行いますので、多くの方においでいただければ嬉しいです。いずれにせよ演奏はきっとすてきなものですので。
- ●00.11.25
- 数日後に迫ったテルミンのコンサートのちらしを撒きながら、店の在庫置き場を使いやすくするために切り出してもらっている木材を受け取ったり、石井隆原画展用のシルクスクリーンの道具を買いながら店へ。店は狭いので、品物の置き場に苦労する。また品物の量や内容が変化したり置き場を移せば、それに応じて棚も調整しなくてはならないが、どんなレイアウトにも対応できるようなスペースばかりではないので、そのつど面倒なことになる。棚を増やせば物を重ねて置く必要がなくなり出し入れが楽になり片づけやすい。しかし、それも固定したり、元の板を傷つけたり削ってしまう作り方をすると再び変更するときに不便である。私は片づけはあまり得意でないのだが、雑誌などの収納特集などあると見てしまう。奥様向けの収納の知恵は、力や本格的道具を使わないでできるものが多く、釘やねじを使わない棚板のかけ方など重宝するアイデアがある。私たちは収納の達人・近藤典子先生の方法で棚を足している。
- 片づけや返品などの問題は私の中では大問題なので、そうやって奥様雑誌を見たり、最近では文藝春秋の立花隆の「捨てる技術」に対する反論なども読んでしまった。
- ●00.11.24
- 実は私は月曜日に電車の中に鞄を置き忘れ、中野駅に届けを出すやら、電車が通ったであろう駅にいちいち電話をして聞くやらしていたが、それでも杳として鞄の行方がわからず、シラミつぶしに沿線の駅をあたるつもりで各駅の落とし物係を巡るうちになんと中野で忘れた荷物が折り返してお茶の水で拾われていることがわかったのであったがタッチの差で集荷に回され、翌々日に東京駅に行けと言われていたので、今日、東京駅まで取りにいったのであった。そうしてびっくりするくらい駅のはずれもはずれに昭和の香りがする忘れもの集積所があり、私は鞄を巡り合えた。名前も電話番号も書いたものが入っていたのに。でも社会科の勉強で落とし物の行方を追う課題をやっているようで勉強になった。JRの落とし物の流れは私に聞いてくれ!と言えるくらいによくわかった。鞄とはぐれた日は「もう中野?もっと続きを読んでいたいのに」と思うくらい読んでいた本が面白く、夜中になるまで鞄を忘れたことに気づかずにいたのであった。
- ●00.11.23
- 昨夜は、桜井圭介さんに「是非観ておくべき」とお薦めいただいた室伏鴻さんの舞踏を観に神楽坂のディ・プラッツに行った。室伏さんは土方巽の弟子であり、大駱駝艦にも加わっていたが海外に活動の場を移し、BUTOHの名を世界にひろめた功績を持つ舞踏家である。
- 以前、イタリア文化に通じる田之倉稔さんにお話をうかがったとき、日本の芸能には「やつし」という概念があり、お能などでは何らかの霊の化身として登場人物がいるわけだし、卑近な例で言ってしまえば水戸黄門も越後の縮緬問屋に身をやつしているし、演歌歌手などは男のくせに女心をせつせつと歌ったりしてこれが外国人には非常に気持ち悪いらしいのだが、舞踏においても「やつし」のカラーは強いと思う。例えば、土方巽が舞踏を伝える中でアミニズム的に森羅万象のあり様を動きに反映させようとしたし、大野一雄が女装して舞うことで自らの中のお母さんと一体化したりと。ところが室伏鴻の舞踏はそれと全く違うのだ。いろいろなものを取り去って取り去ってこれ以上取り去れないというくらいに何ものにもよらずに舞踏家の体や動きだけがあったのだ。時に自分の手足を壁に打ち付けたり、突然後ろにバタンと倒れたりまでして、例えばお魚でも動物でも群れから一匹だけ離して檻にでもいれたらその中で暴れたり怯えたりすると思うけど、あえて言ってみるならそんなふうにとても本能的だった。そんやってそぎ落とすだけそぎ落とし人間の存在だけが残ったパーソナルなパフォーマンスは舞踏の最長到達点に思えたし、なにかとの関係を浮かびあがらせる「やつし」の舞踏と対極だと思った。
- 言葉でたちうちできないそんな頑とした存在を間のあたりにすると、日頃本とかCDとか定着された表現を扱っている私はやっぱりダンスや舞踏の世界もいいよなぁ、としみじみ思ってしまう。最近はお店があって外出しにくくなったけど、多いときは年間200本近く舞台を観てたので、ホームシックに似た気分になってしまった。そうそう、来年10月に室伏さんの公演がシアタートラムであります。まだまだ先ですが、覚えていたら是非ご覧ください。
- ●00.11.22
- 私はこれまで断片的にだが演劇論を読む機会が多かった。そうした中で作家や演出家は「いかに新しい観客と出会うか」に悩み(これは観客動員数を増やしたいという単純な目論見ではなく、固定ファンによって維持されるのでなく観客が新陳代謝しつづけるという意味)、殆どの演出家は役者に対して、観客のウケや独自のノリによって演技を崩すことなく自分の作品世界に生きることを要求していたように思う。不思議とお店をやっていてもこうした演劇論はあてはまると思う。いや、お店をやるようになっていよいよ共感するようになった。そんなわけで、演劇に限らず、いろいろな方法論(ルポルタージュのそれとか)に妙に関心を持って読書する今日この頃である。多分、劇作家・演出家のフォアマンについて書かれた「反響マシーン」などもそのために余計面白かったのかもしれない。(それだけではなく、フォアマンが鼎談などで辛辣な評論家から「あなたは才能がないから、その無能さを鍛えてこういう芝居を作るようになった」と言わせていたり、コリン・ウィルソンにも批判を許している様も面白いのだが)
- お茶の水を電車で通るたびに神田川べりに建つビリヤード場やカフェが目に入り、あっちからこちらを眺めたらどう見えるのかなぁとずっと思っていたが、今日、秋葉原で店の蛍光灯を買った足で、その建物の並びにある出版社晶文社になんとなく挨拶にゆきつつ、辺りを観察する。あの小さな一帯に助六太鼓だかの保存会やらおいしそうな洋食屋さんまであり発見だった。
- ●00.11.21
- ピーピーボンボンのグッズ作りなどに精力を注いでいる間に気づいたら次のフェアの仕込みが遅れて中だるみ状態になっていたが、今週末から古泉智浩フェアがはじまる。古泉さんは現在、郷里の新潟で暮らしているが、その前は中野区にいたために、今ほど忙しい売れっ子でなかった当時はタコシェに「大内アパート」というフリーペーパーを置きによくやってきてくれていた。そんなわけで、初単行本が出た頃には「何かタコシェでフェアをやろうよ」と気やすく誘ってみたのだが、「う〜ん、僕のは絵だけを抜き出して見せるタイプのマンガじゃないですからね…」と言われて、「それもそうだね」とあっさり納得してしまったのであった。それがなぜ、今フェアかというと、新しく単行本(「ミルフィユ」)が発売されることもあるのだが、「前に見せる絵がないと言ったけど、あったんですよ! 以前、描いていたバンドのライブのためのチラシの絵が」と、しまっていた絵のことを古泉さんが思い出したからなのであった。というわけでバンドのチラシなのに、なぜかベートーベンなどが描かれている妙な絵などを飾る予定。29日には新潟から上京してお店に来てくれます。平日ですが、夕方から閉店までゆったりとお店にいますので、お気軽にお声をおかけください。
- ●00.11.20
- 昨日はフォアマンのお話を構成するために店を休んでしまったので、今日はちゃんとホームページを書こうと思いきや、閉店時間に年に一度の消毒の人がやってきて、店中に消毒液を噴霧していったので、喉や頭が痛い。腐るものがあるわけではないのだが、年に一度、やってくるのである。最近、大手のコミック誌もいよいよマンガの配信に本腰を入れた新聞記事などを目にすると今後、書店はどうなるのだろうか?と考えてしまう。津野海太郎氏は、結果的にビデオが映画産業を補うように、デジタルコンテンツも書籍や出版業界を脅かすだけでなくこれまでの書籍にできなかったこと(たとえば絶版本の復刻がたやすくなるとか)を容易にし、出版を豊かにする可能性があるというようなことを言っていたが。あまり、物事を深く考えない私であるが、ここのところ21世紀の書店像というものを考えてしまう。
- ●00.11.18
- お店をやっていてたいへんなのは品物の管理である。特にタコシェのように随時持ち込みを受け付けていると品物がどんどん増えてゆく。狭い店の置き場には限度があるので、古いものをお返ししなくてはならないのだが、これがたいへんなのである。ときどき新しい作品を持ってきてくださったり補充にきてくださる方は、それだけ品物が流動しているというわけだからよいのだが、中には一回だけ納品に見えてそれきりという人も結構いるのだ。品物が1つ2つ売れたきり在庫が残った場合、品物をとりに来ていただくにしても、下手をすると電車賃が売り上げを上回ってしまうこともあるから、心苦しい。あるいは、連絡をしようとして電話をすると移転していて電話がつながらないこともよくある。というわけで、一定期間をすぎてもご連絡をいただけないままだったり、連絡のつかない持ち込み商品は、品物の処分を任せていただくことにした。新しい面白いものと出会える受付作業とは正反対の作業であるが、品物の来歴などを調べつつ丁寧に取り組まねばなるまい。
- ●00.11.17
- 昨日はリチャード・フォアマンの最新作を見た後、家に帰ってフォアマンやその作品に関してまとめた「反響マシーン」という新刊を読みながら眠りこけ、今日はフォアマンにたたずまいが似ている岸野雄一(日本語版上演に出演)とともにフォアマンに面会に行った。フォアマンの作品は多くの演劇とちがって、頭の中に思い浮かぶ妄想・雑念とともに視界に入ってきたり耳に入ってくる音が雑然と開示されたような不思議な舞台である。そんなわけで尋ねたいことはたくさんあったが、通訳を介しての会話なので我々は隔靴掻痒の思いであった。それでも聞きたいことの何分の一かを聞いてから店に出る。
- ●00.11.16
- やっぱりよそのコンピュータで覗いてみたらちゃんと見えていなかったトップページ。しかし、今日は直している時間がないのであとで。なぜならこれからニューヨークのアンダーグランドで活動を続ける演出家リチャードフォアマンの公演を観にゆくのである。来週には長らく海外にいて日本であまり観る機会のなかった室伏鴻さんの舞踏公演もある。そして再来週にはテルミンのコンサートも。いろいろ珍しい公演が多くて忙しい。
- ●00.11.15
- 寒くなってきたので、なんとなく暖かげにトップページを変えてみた。ちゃんと見えているであろうか。自分のマックでIE、NSそれぞれの場合をみるようにしているのだが、ウィンドウズで見るとすごーく変だったりすることがあるそうで心配である。今日からまたオンラインショップ用のデータベース公開のための準備作業を再開することに。年内にほぼできるとよいと思う。
- ●00.11.14
- 銀行に寄ったりしながら店へ。最近、一人で店にいると店がなんとなく片づかないのにイライラしてしまう。元来怠け者なので、散らかしがちで、そんな私のだめさが現れると店員たちもついついたるんでしまうのではなかろうかと思うと、自分にも店員にも腹が立ってしまう。きちんとしないといけない。今日は年内のイベントのチラシの版下を作成する。地図を入れたりして、これまで作った切り貼りのチラシより上手にできるようになった。夕方、テルミンの情宣に力を貸してくれている旧知の編集者・丹羽君が来て、資料をくれたりチラシを持って行ってくれる。西岡さんが納品に見えて、来年1月の西岡兄妹フェアの日程も決まった。決算などで通常業務がなかなか思うようにできずにいたが、ようやくリズムを取り戻してきたぞ。
- ●00.11.12&13
- 12日夜。石井隆さんとフェアの打ち合わせ。予定していた本の発行がなくなってしまったために、内容を練り直して仕切直し詳細を決定する。今回は石井さんは絵を描きおろすほか、シルクスクリーンを作成したり、未発表作品まで公開することに。前回とは違った面白いものになりそうな予感がした。
- 13日。店番をしていると「鈴木翁二の本はありますか?」と訊いてきた男の人がいたので見ると鈴木翁二さんそのひとであった。帽子から服やズボンまでご本人のマンガから抜け出したようだった。電話ではよく話しをしていたが、お店にいらしていただいたのは初めてだったので、突然のこんな形の訪問にびっくりした。話し方やイントネーションのくせのせいで電話でお話していると、ちょっとユーモラスな印象もあるのだが、お目にかかるとなんかステキではないか。本をお出ししてサインを入れていただいた。
- ●00.11.11
- 津川がピーボングッズを売るために物販に行ったが、毎度のことながら物販はたいへんである。タコシェをはじめた頃はテキ屋でのバイト経験もあるらしいお祭り好きの松沢呉一とマニュアルオブエラーズというレコード店にいた岸野雄一とで、岸野さんの車に荷物を積み込んで物販にいったものだった。品物の数を数えて持ち出した分を紙に控えて、釣り銭も用意して、車に荷物を積み込み会場到着。楽しいイベントを横目に搬入と設営。タコシェのことなど知らないギャルには「ヘンなものしかないよ〜」とそっぽを向かれ、出演者として、あるいは客としてやってきている知り合いには「え、売り子やってんの?」などと驚かれつつ、彼らをつかまえては半ば強引に品物を売りつけ、オールナイトのイベントともなるともうヘロヘロになりながら店番をして、休みもとらずに店に再び出て、釣り銭を数えてみるとお金があわなかったりということが過去に何度もあった。そんな惨憺たる経験から最近ではあまり物販をしなくなってしまった。そんなわけで自分から物販をやりたいとは思わないのだが、思い出すと決して嫌な気持ちにはならないのが不思議である。
- ●00.11.10
- 石川さんが大荷物とともにやってきてテルミンの演奏を行う。私の勝手な想像ではテルミンは幽霊が出てくるときに演奏される鋸のようなものかと思っていたが、どうしてどうして。石川さんは演奏者ではなく、いうなれば門前の小僧のようなものらしいが、2年間レッスンに立ち会って横で見たり聞いたりして時々演奏をするうちにレパートリーを持つようになったらしい。大正琴くらいの大きさのテルミン本体にアンテナをとりつけ、スピーカーをセットすると、ピアノ伴奏のカラオケにあわせて、サティの曲とか、アベ・マリアとかムーン・リバーなどの旋律を奏でた。それは見えない弦をつまびくようでもあり、とても優雅で神秘的であった。竹内さんの著書「テルミン」の中では、テルミン博士が、ピアノなら指で鍵盤を叩き、ヴァイオリンなら弦をこすり合わせるというようにこれまでの楽器には叩く擦るといったやや暴力的?なイメージがあったが、もっと優雅な演奏法はないかと腐心した末にテルミンを思いついたというようなことが書いてあったが、まさにその通りの、夢のような優雅な楽器と演奏だと思った。手品を見ているようだし、空中から音を取り出す錬金術のようだった。私も「テルミン? 世界初の電気楽器でシンセの原型でしょ」とか言っていたけど、それは頭でわかっていたこと。生演奏に触れてその不思議さや神秘も一度味わってほしい。
- ●00.11.09
- 私が大阪に行くと用もないのにその事務所に遊びにゆき仕事の邪魔をした挙げ句にお茶や食事につきあっていただいたり、タコシェ通信の創刊のときはお言葉まで頂戴した花文(フリーペーパーの王様・花形文化通信。100号をもって終刊)の塚村さんからご連絡があり、東京でテルミン(シンセサイザーのご先祖。世界初の電気の楽器で触らずに演奏ができる)のライブをするのでよろしくとのこと。花文が制作的なことをしているのだが東京のライブ(11/27月 浅草スクエアAというアサヒビールの建物の中のホールで7:00から。詳しくは納品者情報を)が近づいているのに告知が出遅れているので、協力をとおっしゃるのである。「テルミン」という本(タコシェでもお取り扱い中)を出された竹内さんとその師であるリディアさん(ロシアから来るのだ)による演奏で、せっかくロシアから先生がくるのだからテルミン好きの人に是非聞いてもらいたいと私も思う。などと日記に書いていたら、ちょうど花文の石川さんから電話があり、もはやじっとしていられないので、とにかくあてはないが会場の下見がてらテルミンとチケットとチラシを持って明日東京に行きます!という。先生方にはとうてい及ばないが、許しさえ得られれば行く先々で実演してテルミンとライブのことを宣伝したいのだそうだ。ということで、明日、鉄砲玉のように大阪を飛び出てくる石川さんが夕方ころタコシェの店頭でテルミンを実演してくださいます。興味のある方はいらしてください。運がよければ演奏を見ることができます。タコシェも本やチケットを取り扱いますので、よろしくお願いします。私も近くで実演を見るのが楽しみ。テルミンについてはリンクページのフレンズ・オブ・テルミンのサイトなども参考に。
- ●00.11.08
- 昨日は振込のIT化への期待を語った私だが、今日スポーツ新聞を読んでいると、某銀行のインターネットバンキングで顧客からの問い合わせや苦情があったにもかかわらず振込手数料を余分にとり続けていたことが出ていた。だからといってインターネットバンクを利用しないわけではないが、手数料が銀行の機械を利用するよりも高いというのが利用に踏み切れない理由である。窓口を利用するより、客が自分でATMを利用するぶん手数料が安くなるというのは納得できて、その労を惜しまないようにしているが、ネットだと銀行の機械より手数料が高いのである。最近、各銀行で様々な便利な機能がでてきた反面、どうも旧来のサービスが値上がりしたりして、トータルでみて利用者にとってお得になったのかどうかは疑問である。それでも嬉しいのは、営業の人に頼んでいた通り近所のATMに計算機がつけられたことである。そうやって消費者の声を反映したサービスをしてほしい。タコシェをはじめた頃の私は銀行の事には関わっていなかったのだが、銀行の営業の男の方が2人でみえて丁寧に名刺とティッシュを出されて挨拶されたときは、背広の男の人に頭を下げられるなんてそれまでなかったので舞い上がってしまった。なので、彼らの話を一所懸命聞く気持ちになったのだが、「今日は新商品ができましたので、お客様にご覧いただきたく参りました」と言われ、「お、持ち込みね」と思い、ワクワクして「え、銀行が新商品ですって? 非常に興味があります。何かしら。是非拝見せてください!」と答えた。男たちは私の積極的な反応に手応えを感じたようで、笑顔で頷くとアタッシュケースから一枚のチラシを取り出した。そこには大きく「定期預金」と書かれていたが、私は、商品と聞いて、納品者の方からの持ち込みと同じような冊子とかオブジェとかを想像していたので「な、なんですか、これは。商品ってチラシじゃないですか? それに定期預金てちっとも新しくないじゃないですか。これまでも銀行にあるもんでしょ。新商品というから私は全く違うものかと思ったのに」と答えてしまった。これを聞いた背広の男たちはこの人にはこれ以上話しても無駄だと思ったのかすぐに帰ってしまった。
- ●00.11.07
- 銀行に寄って支払をしたり備品を買いながら店へ。納品者の皆さんの取引銀行はまちまちだが、同じ系列の銀行じゃないところに振込むと手数料が多くかかってしまうので、なるべく相手と同じ銀行を利用しようとしているのだが、地方の信用金庫なら諦めるものの、ところどころ都内でもみかける銀行だとそこをを利用しようと思い、業務は煩雑になる。IT化でこういうことがどんどん楽になるといいのに。
- ●00.11.06
- ホームページ復調。ピーピーボンボン本屋さんも終わったが、久住昌之さんが来店。一点ものは売り切れたままだが、グッズ類はまだタコシェで扱うので、期間中にご覧になれなかったお客様はどうぞ。週末のアックスのイベントでも夕方にピーボン関係のグッズの物販を行いますのでひやかしにいらしてください。みんな残りわずか。せっかく開発したグッズだが、原価が高くて定番化できない商品もあるのでお早めにどうぞ。
- ●00.11.05
- 昨日までの旅行が夢のようないつもと同じ一日。だめな自分をなんとかするために独学で簿記検定でも受検してみるか、と書店で参考書を見るがどれを買ったらいいのか悩んでやめる。今度の試験は11月19日らしいが、近すぎやしないか。それにどこで受験手続きをしていいのやら。もしかして受験生ってみんな高校生とかだったりして?やる気がもうぐらついている私である。
- ●00.11.04
- 宿で朝食をとり、海辺を歩きながら再び海猫堂のある潮風王国へ。潮風王国は漁協直営の食堂があったり、海産物を扱うお店が集まった倉庫か市場のような建物である。散々、みんなに千倉に行くことを触れまわったので、おみやげもたっぷり時間をとって吟味して購入しなくてはならない。ひじき入りシフォンケーキ、海ぶどう、鯨の角煮、蔵書票、のり佃煮、いりこ粉末など購入。蔵書票展をもう一度ゆっくり見て、山口マオさん親子と昼食をとり、駅まで送っていただき特急列車に滑り込み、タコシェへ直行。2年前に千倉に行ったときもまた行きたいと思ったが、今回も思いを同じにした。
- ●00.11.03
- なんとかタコシェ通信用の原稿を構成してから出発しようとしたが、明け方までやっても間に合わず、あわてて支度をして朝の6時に家を出る。7時に東京駅で宇田川先生と待ち合わせて特急列車に乗り、館山へ。そこからバスで野鳥の森に向かう。私は愛用の双眼鏡を携え、山道に入ったが生憎の天気で鳥の姿はみえない。しかも山道は思ったより険しく雨のためすべり、鳥どころではない。ガールスカウト経験のある宇田川先生は意外やひょいひょいと先を歩いていたが、足下に気をとられているうちに大きな蜘蛛の巣にからまり(ボンドのようにベタベタしてすごい粘着力で、大きな蜘蛛も一緒だった)、以後、棒きれを振り回しながら先導していただいた。ちょっとした探検気分であった。ようやくのこと山を下り、スズキコージさんも絶賛する布良の富鮨へ。駄洒落を連発する陽気なご主人に地物を中心に握って貰ったが鯖が絶品だった。再びバスに乗り千倉の海猫堂へ。流木を使った遊び心あふれるディスプレイで、私の拙い作品も他の皆さんの力作に混じって展示されていた。私は美術の勉強を専門にしたことがないので、プロフィールに「98年より宇田川新聞に師事」と書いておいたのだが、それを知った宇田川さんが照れて自分も先輩にあたる山口マオさんに師事したと書いたために、山口マオさんは宇田川さんを弟子、私を孫弟子として皆さんに紹介してくれた。夜は参加者や地元のアーティストやお店の方々との親睦会。誰からともなくギターを出し、太鼓を鳴らし、マラカスだのなんだのの鳴り物を打ち出し飲んで歌って踊っての大騒ぎであったが、山口マオさんによれば人が集まるとよくこんな調子で、沖縄みたいなノリなのだそうだ。気候も温暖だし。ただ、即興でギターをかき鳴らしながら「中山さ〜ん、中山さ〜ん」とか「宇田川さ〜ん、かわいいセーターを着た宇田川さ〜ん」などと大きな声で歌って歓迎してくださるのは嬉しかったが恥ずかしく私たちは小さくなっていた。とにかく草木も魚も人間もエネルギッシュである。千倉には工芸家も多くイラストレーターも何人かいて、浅井慎平さんの美術館もあり、最近、アートで盛り上がりつつあるらしい。趣味のよい本を集めた書棚から自由に本を手にとってながめることのできるリーズナブルなワインバー(リブロス)があったり、おいしいパン屋さんもあった。でも鳶がよく飛んでいる漁港の町だったりもする。
- ●00.11.02
- ホームページの更新ができず、ちょっと心配。支払いの作業をして、明日の千倉行きのために、あわてて駅で周遊券を購入。昨夜、自宅でうっかり暗闇の中ドアに顔をぶつけて眼鏡のフレームが歪んでしまったので、旅に出る前に直しておこうと店の近くの眼鏡屋に行くと、店員さん(50代の男性)が「やばいよ。これはやばいよ。10年くらい使ってるでしょ。いじると折れるから直せないよ。こりゃやばいよ」と言うので20分くらいで急遽眼鏡を新調する。
- ●00.11.01
- 生まれ変わって1日目。昨日のひきだしに続いて、近くの雑貨店に注文しておいたワゴンを組み立て荷物の整理。へたに収納用品を買うと後々片づかないと思ってあまり買わずにいたが、今のところこういうものがあった方がやっぱり片づく。
- 結局、旅館のとれなかった私たちは、系列のホテルを予約しようとして、やはり部屋がなく、ついに蔵書展を主催する山口マオさんに相談し、ペンションを紹介していただいた。例の鳥のいないバードランドというペンションである。宇田川先生と私の段取りの悪さに、山口マオさんが地図まで描いて旅のコースやスケジュールプランを書き出してファックスしてくれた。野鳥好きの私に配慮して野鳥を見ることができる県立・野鳥の森や、鯨を食べたいと希望する宇田川さんのために旨い寿司屋などを盛り込んだ綿密なもので旅行会社のようにすごい。さらに、「駅を降りた所であらかじめバスの時間を確認しよう」とか「間違って手前の店に入らぬよう」とか細かな注意書きまで。マオさんがとても親切なのか、私たちがよほど頼りないのか…。