Diary Sep.2000  トップへ
2000年8月の日記
by Ayumi NAKAYAMA

●00.10.29
フェアと決算の仕事をしていて、通常の仕事やホームページのリニューアルがはかどらない歯がゆい日々。もぐら叩きゲームのよう。しかしこの忙しさも今月いっぱいのはず。そういえば2.3日前、古屋兎丸さんと電話で話す機会があり、年あけにまた何かしましょう、という運びとなった。週末に千倉まで自分が出品する蔵書票の展覧会に行くのを楽しみに、地道な作業を続ける。

●00.10.28
決算の作業に追われたいる。毎年のことながらたいへんだが、それでもまたこうやって作業をしていると、また1年生きながらえた…みたいな気持ちになってくる。大方の人は年末に「今年一年よくぞ無事に」という気持ちになるのかもしれないが、私の場合は今じぶんがそうであり、なぜか井原西鶴の「世間胸算用」に描かれる市井の人々の年の瀬の描写を思い出してしまうのであった。

●00.10.27
昨夜は家に帰り教育テレビなどを見ていると森林や木についてのイギリスの番組をやっていて、樫の木一本で人間8人に必要な酸素を供給しているとか、すごく木が役に立っていることを伝えていた。いつも二酸化炭素を出してときどき屁をする私に比べて木はなんと人の役に立っていることか。ここ最近、地球の人口は100年前の何倍かに増えたが木の消費量はそれ以上の増え具合だとかで、そうか週刊誌だの本だのこうたくさんあれば木もたくさん使うよなぁ、と思ったのだが、となると本を売る私の仕事も森林の破壊と関係ありそうだ、と不安になった。よく、ふぐ料理組合?がふぐ塚とか作ってふぐ供養をしたりするように私も、植林供養とか何かしなくてはいけないのではないかと考えてしまった。

●00.10.26
おしゃれなお灸、sennenQを購入したり、久住さんを待ちながらドリンク剤を飲んだりるすうちに健康マニアのようになってゆく私。今日もレシートなど仕訳の仕事をする時用に「火を使わないカイロ型」お灸を購入。私は早起きしなくちゃいけない前の日においしいパンやデザートを買っておいて、翌日起きるときその食べ物のことだけを考えるのだが(ただ、待ちきれなくて前夜に食べてしまうと起きる励みがなく、かなしい)、これはそれと同じ理屈である。計算をやると思うからたいへんに感じるわけでじっくりお灸をすえる、その最高のシチュエーションとして計算があると思う。というか無理にそう思おうとしている。ところが、仕事に励むこと数時間、お灸を貼り忘れていることに気づいた。すごいがっかりであった。

●00.10.25
世間では25日は給料日である。しかし、勤め人でない私にはあまり関係ない。だいたいこれまでも毎月ちゃんと振り込まれる給料というものを貰ったことがないし親も勤め人ではなかったので、その待ち遠しさは想像するばかりだが、定期的に一定収入が何者かによって自分の口座に振り込まれているというのはかなり羨ましい。ただ、私と給料日は関係ないけれど、お店にとっては来客が増えるのではなかろうか?というとこれがそうでもない。以前、ある25日の金曜の夜、仕事で銀座に行くことになった。店は特別忙しいというわけでなかったので早く上がるに支障はなかったがギリギリまで店番をして銀座に出てみると、そこはバーや居酒屋に繰り出す勤め帰りの人々でいつになく賑わい華やいでいた。私はいい年をして、はじめて、そうか、25日とはひとり趣味に没頭する日ではなく、みんなでお酒を飲む日だったのか、と実感した。あの夜は晴れ晴れと街に繰り出すお勤めの人たちが輝かしく、私も一度ああいう経験をしてみたいと感じたものであった。

●00.10.24
久住さんが、さらに展示用の絵を描き足した。10枚以上。もう余すところ数日だというのにもはや誰も久住さんを止められない。この展覧会のために改めて着色して完成させた「現代の妖怪シリーズ」(コピー紙の間に忍びこんでいて指先に小さな傷を負わせるコピイタチなど変わった妖怪たちを図解している)だが、やりはじめたらとまらなくなってしまったらしい…。「馬鹿でよかった」の展覧会なのに、展示は妖怪。よくわからないが、そのわからなさが「馬鹿でよかった」らしい? とにかく楽しんで作った描きたての作品なのでたくさんの方にご覧いただきたい。期間をすぎても少し延期して展示しようと思う。

●00.10.23
レシート類の整理をする。毎日、ちゃんと細かくつけておけばよいのだが、ある程度まとめてレシートを整理したりするから、自分で買い物をしておいて、レシートを見ても何だったか思い出せないこともあり、まして「バロン○○」とかいうすごい店の名前が印字してあるとおそるおそるそこに電話して「お宅はどこで何を売ってらっしゃいますか?」などと尋ねることになる。(バロン〜は人を訪ねる際に手みやげを買った菓子屋であったが)それにしても、これは私だけが感じることではないと思うが、感光紙のレシートは時間が経ったりこすれると文字が消えて困る。何をいくら買ったのか読めやしない。どうして、こういうものを感光紙で出す? それともいちいち領収書を書いて貰えということ? でもレシートの方が明細がちゃんと出ているから後で仕訳するときに便利だし、あ、そうか、そういう明細を書き出すには、スタンプ式のインクのレシートじゃ無理で、感光紙を使う印字システムじゃないとダメってことか。だったら、消えない明細を出せるレジができて(ってもう出来ているかもしれないが)普及したら画期的だよね。ぜひ開発してほしい。それより、もらってすぐに全部書き写しておけば済むだけの問題? 

●00.10.22
金曜日から土曜日にかけて、来月に出品する木版画の蔵書票の展覧会のための作品の仕上げをした。いつものように宇田川先生のアトリエで作業。主版(輪郭線を彫ったメインの版)は完成しているので、後は部分部分の色の版を作る。結局全部で6版を作り、明け方から刷りをはじめる。イメージ通りの色が出なかったり、実際に刷ってみると配色が悪かったりで、版を洗っては色々な色の組み合わせを試すうちに朝となり、いったん寝る。起きて自然光の下で作品を見るも納得がゆかず、もう一度刷り直し。ようやく、納得ゆく配色が決まり展示作品が完成した。家には展覧会のチラシも届き、オープニングパーティの案内も来た。店で作家の方々の展示の手伝いはするが自分が出品するのははじめてなので、そうそうにないこの機会や作家気分を楽しみたい。今日は王子の紙の博物館で開催されている蔵書票展も見た。蔵書票に限らず版画は少ない版で思いがけない効果を出すところに面白さがあり、本に貼られてこそ蔵書票にも本にも愛着が出るような気がした。博物館で海部桃代『ももよの和紙恋い紀行』を購入。題名はちょっと…だが70年代〜80年代の日本の紙漉村を巡った紀行で、寿岳文章が「和紙の旅」などで全国を歩いてからさらにさらに時代を経た紙漉の様子が描かれている。木版画をはじめてから和紙にも関心を持つようになったのだ。私も紙漉村を見て歩きたい。

●00.10.21
高級な女になりたい。本を何十冊も運ぶ、もらったTシャツばかり着ている、そんな誰からも労られることのない女ではない高級な女に! 例えば店で私が本の入った段ボールを持とうとする。むろん、高級な女に荷物運びは似合わない。さしずめイトーがあわてて「お運びします」と言うのである。あるいは、話の途中お笑い芸人の名前を出した津川が、お、こんな俗な話題はいけない…と思ってしまうくらいデラックスな女。しかし現実は全く違う。ぐちゃぐちゃな机に埋もれ、あっちに行ったりこっちに行ったり。しかし、こんな私にも例外があった。店ぐるみのつき合いをしている古書店のTさんである。たまたまTさんがイトーを仕事帰りの食事に誘ったとき、そばにいた私にも気をつかい声を掛けてくださり、一緒に近所の居酒屋に行くことになった。ビールが運ばれてきて乾杯という段になって、日頃から礼儀正しいTさんははっきりした口調で私に言った。「本日はお忙しいところをおつきあいいただきありがとうございます」。私は「いや、忙しいってほどじゃないけど…」と適当に受け答えしつつ乾杯モードに入ろうとした。しかしTさんは、それは礼儀正しく丁重な方である。重ねて臆すことなく外国のマナーブックに書いてあるように「中山さんのようにお美しい方とご一緒できて光栄です」ときたから、場末の居酒屋で安酒に酔う客たちの視線はいっせいに「お美しい方」である私に注がれた。隣では小刻みに震えるイトーの気配。笑いを我慢しておるのであろう。不謹慎な! さらに、さっき一挙にもりあがった店中の人の関心が、「なぁ〜んだ」といわんばかりに一転して急降下してゆくのも手にとるようにわかった。もう顔から火がでるほどこっぱずかしい、返す言葉もない。しかし、この言葉や視線を受け止められてこそ高級な女になれるというものであろう。道はそうとうに険しい。

●00.10.20
結局、一昨日、久住さんはずっと部屋にいたようだった。ようやく今日、直接話をして、グッズを受け取りに部屋にゆき、ドアの郵便受けを見るとなんと私の残したメッセージも入っている。とても不思議! ひょっとしてそれほど久住さんはグッズ作りなどに没頭していたのか。作品は数をこなして画材にもなれたようでいい調子だ。逆に困るのは100円グッズがなかなか出ないことだが、ひとつ失敗した粘土細工を見せてもらい笑う。芯(といっても爪楊枝)を通したはずのピーボンの人形の手がもげ、頭もガクガク、楊枝も突き出て顔面がひび割れたすごいものなのだが、「これじゃ、バラバラで100円にも出せやしない。なんとか、100円に出せるように仕上げます!」とか言っちゃって、ほかのまともなグッズより苦心している様子であった。かわいい宝箱とかも入りましたよ。また写真をアップしたいと思います。

●00.10.19
昨日は、約束通り久住さんの仕事場にグッズの材料を届けに行ったのだが、いくらドアホンを鳴らしても久住さんは応答しない。私が頼んで時間を少し早めてしまったため、まだ戻ってこれなかったのだろうと思い、しばらく外で時間をつぶすことにする。さすがにドアの前でじっと待っていてはストーカー女のようで近所のヘンな噂になって久住さんも迷惑だろう、と思ったのである。コンビニで滋養供給飲料を飲んでみたり、薬局で無料の健康飲料を飲んでみたりして30分ほどヘルシーに時間をつぶして再びドアホンを鳴らすが応答はない。外の仕事がのびて戻れないのか? よし、近所を一回りしてくるかと、自分の夕食の買い物やらグッズ用の素材を物色しながら近場のスーパーなどを周り、だいぶたってから再び戻りドアホンを連打するも応答はなし。もう、ドアの覗き穴から見えるっこない中を覗いてみたりしちゃって、向こうからも見てたらどうしようと思ったり、こりゃ本当にストーカーみたいだと思ったりするが、もしかして今日じゃなかったのかなと不安になったりもして、撤退することにした。グッズの材料もドアの前に置いてこうかと思ったが、よからぬ輩に放火の材料にされたり、ピッキング泥棒に留守を知らせるようなことになってはと思い、メッセージのみ新聞受けに入れ撤退した。さて、今日、久住さんからメールが届いていた。怒っているわけでなしどうしたときくわけでなし、ただ約束の時間から部屋にいたことや、グッズを着々と作っていること、連絡をほしいということなどが書かれていた。あれ? やっぱり昨日の約束だったのかな? ひょっとして久住さん中にいたの? 私はストーカーのようにドアホンを鳴らしたのになぜ出てこなかったのかな? などぐるぐると謎が頭を巡る。イトーや津川にこのことを話して「ちょっと、これってどういうこと!?」と尋ねると、イトーが「違う人の部屋に行ってたってことじゃないですかね」と答え、津川も「私もそう思いました」と言う。本当、本当にそうなの? はじめて訪ねたわけじゃなし、何度かお邪魔してるんだけど、間違えるなんてことあるの? もしそうなら、私って…すごくはずかしい。

●00.10.18
久住さんはコツコツとグッズを作っているらしい。私もチメチメと今日もこれから絵を入れていただく化粧箱を運んだりする。いい大人が小さい商売にいそむ日々である。

●00.10.17
今日は、たまたま45度の傾斜つきカッターを見つけて購入。熱心に探していたわけではないけれど、ずっと欲しかったものがたまたま事務用品売り場にあって迷うことなく購入した。これは絵の額装のためにマットを切るときとても便利なのだ。これまで、専門店で絵の大きさにあわせてマットを切ってもらうことが多かったのだが、絵の搬入が遅れた場合などに、合うマットが間に合わないなんてことがたまにあり、上手にマットが切れればなぁ、とちょっぴりくやしい思いをしたことが何度かあるのだ。ふつうのカッターで切ってみたが、ほんのちょっと角度がつくのとつかないのとでは見栄えが全然違うし、第一角度がついた辺とまっすぐ切った辺がまじわる点でマットがグズグズけばだって失敗してしまう。しかしこのカッターとメンディングテープがあれば額装はなんとかできる。額装をするようになってからわかったのだけど、大事な書類や絵はセロテープを使わずにメンディングテープかやまとのりのような古いタイプの糊でとめること。セロテープは長い間に粘着面がとけて絵の表にまでしみてくるのだ。
 ピーピーボンボンのグッズも減ってきたが、また週末に向けて補充したり新しいグッズを加える予定ですので、楽しみにお待ちください。

●00.10.16
今日は、古いデータをプリントアウトするために、とりはずしておいた古いコンピュータやプリンタをわざわざ出して配線しようとしたが、ケーブルが見つからずにあちこちをひっくり返していたら、データは新しいコンピュータに全部移してあるのにとイトーに言われてしまった。とにかく配線せずに済んでよかったが。それにしてもアイテムが多いとコンピュータなしにはやっていけない。開店当初は帳簿だったが、ずいぶん不自由で、漠然とコンピュータがほしいなぁと思っていたところに、レコード店マニュアル・オブ・エラーズの皆さんがコンピュータを使って在庫管理をしているのを目の当たりにした。「私たちもやりたい」と言ったところ、岸野雄一は「自分たちの使いやすいようにデータベースを作ることもできるんだよ」と優しく教えてくれた。さらに、そっち方面に秀でたM氏も紹介してくれた。私はM氏に自己流の帳簿をご覧いただき、こんなふーにソフトを誂えてほしいと頼み、M氏も丁寧に対応してくださった。そうして数日の後、M氏はタコシェ用のソフトを作り岸野雄一に託した。ワクワクしながら岸野雄一にはやく見せてほしいとせがんだが、どうしたことか肝腎なフォーマットを入れたディスクが見あたらない。当時の私はディスクをなくしても、M氏のハードディスクにはまだデータが残っているだろうからそれをまたコピーしてもらえばなどと考え及ばず「どうしよう…岸野さん」と本当に心配した。しかし、岸野雄一は落ち着いていた。「あのネ、僕ちょっと見てみたんだけど、高度なテクニックを使いすぎていてタコシェ向きじゃないと思ったのね。だから、僕たちの使っているフォーマットの項目をタコシェ用に直して使うのがいいと思うの」。そういうと岸野雄一その場でぱっぱと手直しをはじめた。私はちょっと?と思いつつも素直に「ありがとう岸野さん、一時はどうなるかと思ったけど助かったわ」と礼を言い、そのフォーマットを使うことにした。それから2年は使ったであろうか、ドル原価という我々に全く関係ない項目のあるデータベースのフォーマットを…。おかげで手直しも覚えたが。

●00.10.15
昨日は、編集者Kさんのお母さんがいらした。娘の仕事を見に来たというだけでなく、ピーピーボンボンそのものがすごく好きだそうで、娘につきそってもらい、慣れないお店に足を運ばれたのである。タコシェには中高年の男性はよく見えるが同じ年代の女性客は極めて少ない。それだけに、おばさんがわざわざ訪ねてくるというのは新鮮であった。やってくるなりKさんの母は直立して深々と頭をさげ、久住さんに挨拶したり、我々に挨拶したり頑張っていたが、Kさんの言葉によればもう「海外旅行に出たように興奮」していたらしい。やがて、ほかのお客さんに混じって品物を見はじめたが、Kさんに「数の少ない一点ものは身内の立場で無闇にかいしめないでほしい」と注意をされていたのか、竹の定規などを持ってレジにやってきては子供のように「これは買っていいですか」とかいちいち聞くのがかわいかった(Kさんに注意されて定規は諦めていた)。ほかのお客さんに「ねー、かわいいですねぇ、ピーピーボンボンちゃん。あら〜、これなんてとてもいじましい」などと話しかけ、見ていてハラハラしたり微笑ましかったりであった。我々の誰よりも熱くピーピーボンボンを語ることができる人ではなかろうか。お母さんは買い物をし、興奮しながらたくさんお礼を言って帰ってゆかれた。

●00.10.14
ピーボン本屋さん開店! 各自家で仕上げたグッズを持って開店後も飾り付けを続ける。久住さんも追加の絵を持って昼過ぎに見えた。やっているうちにあれもこれも描きたくなるのと、プリンタの調子が悪くて仕事がはかどらないのとで久住さんも久住さんで夜描きたしたものを持ってやって来るという調子で互いに作業は延々続く。でも楽しい。5時からは久住さんの半日店長。持参の弦楽器をかなでながら、店番とトークとサイン。おいでいただいたお客様どうもありがとうございました。手描き商品は結構売れてしまいましたが、お客様の喜びように久住半日店長も喜び、期間中補充し続けるとのこと。どうぞ、すでにいらした方もまだの方もおいでください、売り切れてしまったレア商品を含む画像もアップしております。

●00.10.13
ピーピーボンボンの準備で大忙し、書きたいことも多いが、今晩は明日のための準備で忙しい。とにかくいろいろ作った。それから、失敗した作品も100円コーナーで売りますから、絶対オトク。ものだけでも300円とか500円するものが、絵を入れて失敗したことで100円になっているのです。浮き彫り風にしようとカッターか彫刻刀で彫っているうちに、両目をえぐられてしまったピーピーボンボンのついた升とか誰が見てもガッカリするような、爆笑ものの作品が出ています。

●00.10.12
ホームページのアドレスを変えたために、インターネットエクスプローラーなどで旧アドレスのページを読み込んでいた方が、新しいページにすぐにジャンプできなかったりするようで、ご不自由をおかけしています。キャッシュをクリアして更新したり旧住所で改めてアクセスしていただけるとジャンプするページに飛べるかと思います。こうした事態に思い至らず申し訳ありませんでした。
 さて、昨夜は宇田川先生のアトリエに行き、展覧会に出すための蔵書票彫り。入門してから2年、専門家の指導というのはありがたいもので、ひとりでかなり細い線なども彫れるようになった気がする。主版は完成した。前回はお灸をしながら彫ったが、今回は美容マスクをしながら彫ろうと思い、それも持参。私が蔵書票を彫っている間に先生に、ピーピーボンボン用のポチ袋の修正などをお願いし、蔵書票の主版が完成したところで、ピーボンの刷りをしようとして肝腎なポチ袋を店に置いてきたことに気づいてがっかりする。津川も家でTシャツを作ったりしているのだろーかなどとチラと思ったりしながら、ポチ袋の件にメゲずに、今度は運びこんだ製版機で、ピーボン用のハンコの作成を開始する。ネガフィルムなどが露光するといけないので、暗い部屋で版を作ったり焼き付けたり。先生に電気のつけ消しや、ドライヤーでの乾燥などを手伝ってもらい朝5時までかかって8つの版を一通り作成。先生には地味な作業ばかりをしていただいたので、一度くらい、製版機のスタートボタンを押させてあげるべきであったと反省した。明け方、風呂に入ってから寝て10時すぎに起床。サンドイッチを作ってもらって、二人で多摩川の河原まで行って食事をしてから店に。CDの音源は同じ中野にあるピースアイレコードのHさんのご好意でマスター用のCD-Rを作ってもらえて、ようやくダビングに着手。KさんもKさんでジャケなどのプリントを知人宅でやっている。フル稼働状態である。

●00.10.11
昨夜は、新宿の模索舎の皆さんに誘われて、神保町の書肆アクセスのHさんもまじえて、模索舎近くの居酒屋で飲んだ。いずれも小さい規模のお店で扱うものが特殊で店員が近い世代ということもあって、ときどき会って在庫の管理の方法だとか、精算の方法だのを「お宅はどうしてる〜?」みたいな調子でざっくばらんに話し合うのである。模索もアクセスもタコシェよりも歴史のあるお店で蓄積された経験があるので、「ほー、そういうものか」と教えられることもある。似たかんじの同業者がいて相談したりできるのは心強いものである。家に帰ってグッズを作ろうとしたが、2、3日よく寝てなかったので帰宅して座ったとたんに朝まで寝てしまう。今日は再度、開店前に録音にチャレンジするつもりが、中央線の運休で店に行くのが遅れたうえに、せっかく買ってきてもらったアダプターも結局MDプレーヤー自体がデジタル出力に対応してないので使えないことがわかって肩をおとす。今回のダビングでは店員ではないいっちゃんにいろいろ手配してもらったうえに備品まで買ってきてもらったのに、なかなか最初の山を乗り越えられずに申し訳ない気分である。もうメーカーに電話したり、久住さんに電話したりあの手この手を考えようとするが、そろそろ時間的にやばくなってきた。

●00.10.10
朝早くに家を出て、店に出る途中で落ち葉やどんぐり拾いをする。ピーピーボンボンの飾り付けに使えそうだと思ったのだ。ピーピーボンボンは子供なのでそういう広場っぽいかんじがよいかなと思って。さわやかな朝の空気、でも眠い。開店前の時間にいよいよ完成した音源のダビングを行うが、失敗。借りた機材のマニュアルを見ながら一人でやってみたのだが、ケーブルというの?あのコードがアナログのしかなくてダメだった。アナログ録音だと自動的にトラックを分けることができないので、せっかくインデックスまで作った以上、デジタルで録らねばなるまいということになり、明日、デジタル用のコードを持ってきてもらって再度挑戦することに。それでもバカバカしいグッズの方は少しずつだができてきた。マグネット、シール、システム手帖、タップ。手描き一点もののパッケージをタコシェで作り、ニセのロゴなど入れて包装したものを、久住さんにデータをもらいがてら見せにゆく。一見、そのままスーパーなどで売られていそうなパッケージに久住さんも面白がる。そうして互いの作品を自慢し合い、ほめ合い、いい気分に酔いしれる。

●00.10.09
かねてからの約束通り、辛酸先生と母校(中高一貫教育の女子校)の学園祭に。辛酸先生の漫画の読者で彼女よりもさらに後輩のOさんやその友人のSさん(まだ大学生)も一緒。マンドリンギター班の演奏を聴き(何十人ものマンドリンの演奏はマンドリンなのにとっても迫力がった)、先生にも少し挨拶をして、校内を巡る。私が在籍した頃とは校舎が建てかわってしまったので、後輩達に導かれて各教室の展示を覗く。最近は女子高生の化粧も一般的なようで人気化粧品やメイク法の紹介があったり、すごいチープな内装の展示があったりで意表をつかれた。大体の展示の方法は模造紙に手書きで私が在籍した頃と大差なかったが、アニメ研究会がコンピュータを導入して自主制作アニメーションを上映していたのは時代の差か。自分もこういうことをしてたのかと思うとちょっと恥ずかしい気もした。さらに我々はかっこいいお揃いのロゴ入りスタッフTシャツにジーンズを着た、かわいい女子高生たちが運営するカフェで一杯50円のお茶を飲んだりお菓子をいただきだべった。周りには男子高校生たちのグループもちらほら見え、しばし若い男女を観察。大学生たちと談話、住所交換して解散した。女子中高生たちの目にわが身を晒して女を磨くつもりであったが、彼女らは私のことなど眼中にないようであった。

●00.10.08
今日も買い出し、そして、グッズ制作開始。いつものように、出版社に行って、プリンタを拝借して出力をしようとしたが、プリンタの調子が悪く、汚れていたヘッドをクリーニングしたり、インクを入れ換えたりしても色調がいまいち。それで、いろいろいじくるうちにピーピーボンボンの顔色が青ざめたり、ついにはチアノーゼになったりしてしまい、作業は難航。Kさんは操作できないというので、私も触ったことがないのを当てずっぽうにいじりまくった挙げ句がみるみる色を失い…。てなわけで撤収! 3時間かけて収穫なし! でも、作業しながら久住さんの音源をいろいろ聴かせてもらった。いい大人がそれらしいBGMをかけて、声色を作ったりしてDJをやっていてバカバカしい。店に戻り、イトーにフォトショップの色の修正の仕方を教えてもらった。これで次からは大丈夫であろう、たぶん。

●00.10.07
家で、種を蒔いてプランタで育てていた藍の葉を摘んで、靴下などを生藍染めをしてみた。家の近所の大きな都立の公園に緑の相談室という施設があって、時間ができるとよくそこに行って、緑蚕の観察をしたり水草や野鳥写真を見せてもらっていたのだが、あるとき藍の種を売っていたので買って育ててみたのであった。布は浅黄色に染まった。のどかな染め物とはうってかわって、今日もピーピーボンボンのためにCD-Rやラベルおよびラベル貼り器、などもろもろの買い出し。バカバカしい学園祭気分のはずが、地獄のテスト前のような状態に。早々に皆さんに告知しておいた朗読CDの完成が必須なので、Kさんには、CDの音源編集作業だけ、もうワン&オンリーで専念してもらうことになったが、機材を触ったこともないので今から取り扱い方法を勉強せねばならずワン&オンリーといっても前途は多難である。もちろん、私もCD-Rをやいたことなどないので、ようやく久住さんの手を離れた音源も、この後のKさんからタコシェにかけてが正念場というたいへん危険なリレーである。一方、今日は絵を入れてもらう一点モノの素材などを持って久住さんのところへ。立て込んでいた仕事が一段落つき、ピーピーボンボングッズ作成に着手してちょうどいいものが仕上がったところだと、絵入りウクレレを抱えて嬉しそう。ピーピーボンボンのいる風景画も描いていて、昭和の原っぱや河原や公園にいるピーピーボンボンといった風情でかわいく懐かしいかんじ。朗読CD担当Kさん、一点モノとグッズ原画担当久住さん、グッズ制作タコシェとようやく分業体制確立。なんで今まで決まっていなかったんだ。

●00.10.06
昨夜は、ピーピーボンボンの展覧会の件で作業が全く形になっていないという現実に気づき、Kさんを訪ねて段取りを仕切なおし、一緒に、今、久住さんの切り絵作品を展示しているバー・トーキン・モンキーズに本の納品とチラシ置きにゆく。直納のための納品書の書き方を指導したり委託期間を決めておくように細かいことを注意したりと、もはや仕切り婆の状態である。切り絵もすごくよかった。ミュージシャンたちの似顔絵を切り絵にしているのだが、ビル・エヴァンスは細い線と陰影とで構成されていて、ビル・エヴァンスらしい!と膝を叩きたくなるし、ジャコ・パストリアスは白と黒だけで顔だけが大きく切り抜かれていて、夭逝した天才のジャコらしい、と納得してしまうくらいタッチを使い分けていて力作揃いだった。

●00.10.05
今日はハンズやコンピュータ関係のショップを巡りピーピーボンボンのグッズのための仕入れを行ったり、発注を行う。CD−Rダビングのための機材もI君にお願いして準備は完了した。店で仕事をしていると、「生き地獄天国」を出版したばかりの、ミニスカ右翼雨宮処凛さんがキャンペーンでやってきて、本にサインを入れていってくれた。もちろんミニスカ姿であった。できあがったサインの脇には「一人一殺」(一人一冊ではない)と書かれていた。

●00.10.04
昨日は忙しいといいつつ、店を早めにあがり先生のアトリエで展覧会のために木版画を彫る。自分より若い宇田川先生に送り迎えをしていただきお茶やお菓子を出していただいての制作。大名のようだ。たまには先生におかえしをと思い、手みやげを探しているうちに、sennenQというカジュアルなお灸をみつけた。ピンクや黄色の土台のうえにモグサをつけたもので、点火した後、シールをはがして肌に貼って使う。日本茶をすすりながら、灸を据え合って創作を行う。こんな態度でいいのか? しかし、シール式なので動いても落ちなくて版画とお灸が両立する! 発見だ。お茶をすすり灸をすえつつ、主版の大部分に刀が入るところまで進む。血行がよくなって、集中力がアップしたのだろうか、お灸効果かもしれない。

●00.10.03
気がつくと色々な仕事がたまってきている。すごく心はあせっている。久住さんのフェアも2週間きっているのに物は何ひとつできてない事に気づいてあわてて段取ったりする。あと自分の蔵書票も彫らなくてはならない。当初は何種類も作りたいと言っていたが、この勢いでは1種つくるのも大丈夫か?って状態。もう期末試験が近づいているのに、どの科目も全く手のついてない学生の気分。

●00.10.02
今日は納品やら何やらで来客の多い日であった。お客様の中に春川ナミオ先生の絵を見て「画集でみるよりずっと立体的ですばらしい」とおっしゃる方がいらして、とても嬉しい。私もお店で絵を取り扱うまでは、画集や漫画は原画をそのままコピーしたものでしょ、程度でいたのだが、実際に絵を手にしたり間近で見ると印刷と原画では全く違うし、画風によっては印刷では持ち味がその通りに出ないものも多い。春川先生のようなぼかしをつかわずにどんな細部も鉛筆で描き込んでグラデーションを作る画風はその濃淡の微妙さが再現しにくいし、石井隆さんや早見純さんのようにペンで髪の毛の一本一本を描くような絵も印刷ではつぶれてしまってただベタのように見えることがある。また漫画ではホワイトでの修正を多用する人もいれば、切り貼りや修正のあとが殆どない人もいるし、下絵や修正、トーンの跡を見ることで制作過程などをうかがうこともできる。画集でちんまり見ていた絵がすごく大きいこともあれば逆のこともある。イラストレーターで画材や行程が凝った人の場合、その質感は印刷ではなかなか味わいきれないと思う。なので画集などが出たときにその本を売りながら原画を展示できるのは興味深い。原画をお求めでなくても、原画を実際にご覧になった上で画集などを見ると後々その立体性や質感がある程度頭の中で再生できるのではないかと思う。そんなわけでぜひぜひ原画を身近に感じていただきたいし、印刷との違いを楽しんでいただきたい。

●00.10.01
10月だが新しいページを作る間をはぶいて9月のところに書いている。(今日は、居眠りしてしまい中央線も荻窪まで乗り過ごしたし、ぐずぐずである)後1週間から10日くらいのうちにタコシェのホームページのアドレスを変える予定なので(もっとわかりやすい短いアドレスにします)、それにあわせて表紙などもリニューアルしたいと思っていろいろいじくっているのであった。夏の店をおわりにして、特選ガーリーコーナーをオープンしますので、よろしく。

●00.09.30
春川ナミオ原画展初日。ちょっと目前のフェアに気持ちを奪われている間に久住さん・Kさんコンビはいつの間にか絵本制作をはじめるみたいだ。どんどん暴走している…。当初のグッズの進行はどうなっているのだろうか?考えてみたらあと2週間しか時間はない。

●00.09.29
秋葉原に寄りzipディスクを購入し、明日の春川ナミオ原画展のために額装に出しておいた絵を受け取り店へ。zipは、ドライブを内蔵しているコンピュータのバックアップをこまめにとれるようにと買ってみたのだが、ディスクを受け付けず、強引に手で押し込んだりして機械をガタガタ言わせた挙げ句にメーカーに問い合わせたところ容量が違っていて作動しないとわかった。また無駄遣いをしてしまった。店についてから韓国のバンドでギタリストとして活動している長谷川さんにお目にかかりお話を伺う。あれよあれよという間に韓国でギターを弾くことになった経緯をうかがったが、私は数日かしか韓国にいたことはないけどそんな短い間にも互いの素性を知らないまま地元の若者と親しくなって朝から晩まで連日一緒に出歩いていた経験があるので、あれよあれよという間に韓国人と意気投合してしまうのもわかる気がする。夜、店をぬけだしてチラシを配ったり池松江美さんの「ニガヨモギ」の出版記念パーティに。久々に知り合いにいっぺんに会ったり、紹介したりされたりで楽しいひととき。シェ・リンちゃん作のお料理やお菓子、オークションなどの出し物もよくて、ずーといたかっが、明日からの春川ナミオ先生の原画展の飾り付けの最終確認をするために中座。店に戻ってみると飾り付けは全部完了していた。楽しんで戻ってきたとき、店の人がその間の仕事を片づけといてくれていると感謝の気持ちになる。すてきなパーティにも感謝の気持ちになる。そうして春川先生の描く巨女のお尻に囲まれ日記を書くというしあわせよ…。

●00.09.28
すでにタコシェ通信29号は私の手をはなれデザインに入っているが、次号でインタビューをする韓国ロックのギタリスト長谷川さんにお目にかかるため、連日韓国ロック(といってもシン・ジュンヒョンがほとんど)を聴いている。朝起きて聴いて、仕事中も聴いて、夜も聴いているのだが、ミュージシャン名もタイトルのひとつも覚えず聴いているだけでいいのであろうか。覚えたくても字がハングルで読めないし。しかし韓国ロックの熱気が突破力になったのか、壁にぶちあたったまま完成しないでいた商品の合計金額が計算できるホームページ用の注文票が今日、するするとできてしまった。自転車にのる練習でも何かの拍子にスルスルとできるときがあるが、うれしい。体裁を整え、試用して、近いうちにアップしたい。

●00.09.27
昨日は少しはやめに店をあがり、木版画による蔵書票作成に着手。展覧会への納品までに1ケ月を切ったのである。木版画は線や面を整理して下絵を描き、版分けするまでが悩むところである。板に下絵をうつしとって彫りはじめてしまえば穴掘りとか編み物みたいな連続作業で楽しいのだが。象にのった人物を彫ろうとしているのだが、象の正しい形がわからないのと脚を描きこみすぎると彫るときたいへんなので、オリンピック入場の際の日本選手団のポンチョのように象の体全体を包みこむ布をかぶせてディテールを消す工夫をしたのだが、師より不自然であると指摘された。もっともな意見である。こんな創作態度でいいわけない。
今日は貴重な資料「浅草芸能伝」を仕入れて店へ。歌舞伎ファンはもとより、軽演劇・芸能好きの方などにはオススメ。浅草にお住まいの方々や俳優さん芸人さん秘蔵の写真や資料を織り込んで作られており、私も愛蔵している。明治初期に夭逝した伝説的女形沢村田之助の姿なども写真でとくと拝める。

●00.09.26
「馬鹿でよかった」が届く。サイン入りもあり。来店日にいらっしゃれない方は早めにお買い求めください。どういうわけか注文数よりずっと多く届いてしまったが、でかい段ボールを眺めて、よし、これだけ届いたのならこれだけ売ろうと、逆にやる気になった。漫画と文芸モノを比べると、タコシェに限らず多くの書店で漫画の方が動くと思うし、出版界でも漫画の売り上げが一般書籍に比べて大きいのは事実だが、それだけに文芸モノをなんとかして売りたいのだ。小説とかエッセイとかを読んでほしいのだ。だって、いいものなのだもの。

●00.09.25
神保町に寄って、本を仕入れたり、ピーピーボンボンのために文房堂でグッズを見たり、チラシまき。途中、ある出版社に寄り、知り合いの編集者に同僚を紹介させるなどして仕事の邪魔をする。書肆アクセスのHさんによると神保町も靖国通りの対岸に新しい古本屋さんが増えて活気が出てきているという。このあたり面白い?食べ物屋さんも多い。仕事と関係なくゆっくりまわりたい。って仕事でも仕事でなくても、このあたりをうろうろしてるってこと?。

●00.09.24
ピーピーボンボンのオリジナル商品のためのリサーチに原宿・渋谷方面をまわる。久住さんに作ってほしいグッズにふさわしいアイテムを探して、サンプルになりそうなものを購入する。完成図を予想しながらいろいろなものを見ていると、あっという間に時間が経ってしまう。店の棚をもっと違う分類にして見やすくしたいし、ホームページのインフォメーションも時間列で並べて見やすくしたいなどいろいろやりたいことはあるのに、なんか買い物してると暢気に時間が過ぎてゆく。もし、棚の配置や並べ方などで、お客様のご意見があればうかがいたい。

●00.09.23
今日は、その春川ナミオ原画展と久住昌之のピーピーボンボン本屋さんのチラシ配りに吉祥寺をまわる。TOM'S BOXに行き、買い物をしたり、宇野亜喜良さんの展示を見ながら、店主の土井さんとお話をする。目下の関心事である蔵書票について質問したり、版画家・川西英のこと、土井さんが復刻をすすめている初山滋について興味深い話をうかがう。最近できたモンド系?のお店東風にもゆき、ここでもお店番の方と少しお話をする。チラシは行く先々で置かせてもらえたり、断られたり。でも、こうして、よそのお店をまわって、新しいものを見たり買ったり、話をしたりというのがチラシ配りの楽しみである。
 ところで、あたってくだける編集者Kさんによると、久住さんは朗読作品をあれこれ練っているようで、それを知ってKさんも「私も軽い気持ちでなく、真剣に取り組もうと思いました」と神妙で、「馬鹿馬鹿しいことやりたいね」と言ってたのはどこにいったのやら、思いもよらない展開。

●00.09.22
タコシェの隣にナイフ専門店が越してきた。アーティスティックなナイフや蛇革の財布(蛇頭つき)などを扱っているハードなショップだが、店内が鏡ばりであるために、駅の方からビルの中をタコシェに向かってやってくると、鏡に映った反対側の壁面が奥行きをもってうつし出され、あたかもタコシェのある空間までぶちぬきでナイフ専門店になったかのように錯覚され、訪ねてきた人からは「タコシェがどこにいったかと思った」と驚かれる。何人もの人に言われて、自分でも見てみたら本当に見事なだまし絵のようで錯覚する。

●00.09.21
テレビを見るとオリンピックのことがたくさん放送されているが、下馬評などをあまり知らないので感動がいまひとつである。それより、最近、確か、ちくま文庫になった横田順弥の『明治不可思議堂』などを見るとまだオリンピックが浸透していなかった時代の日本選手の健闘ぶりが描かれていておもしろい。マラソンの国内予選の際も、計測などせず地図だけ眺めて大ざっぱにコースを決め走った結果、世界記録を大幅に更新したことから(距離が短かったと疑ったりせずに)勝利を確信したりして、かなりおめでたいというか、自信満々の落ち着きぶりが現代の日本人には考えられないくらい堂々としていて気持ちよい。個人的にはオリンピックよりユーゴの選挙の方が気になるが。

●00.09.20
今日は、版画を指導していただいている宇田川先生から連絡があり、プロの版画家さんたちが多数参加する版画展に出品してはどうかという話をいただいた。日本ではハンコが普及しているため一般的ではないが、西欧では愛書家の間ではなじみ深い蔵書票という、本の見返しに貼って所有者を示す紙片をテーマにした展示である。マッチラベルでも、小さなスペースにシンプルにロゴや絵を配した美しいものがあるが、雰囲気としては似たようなものと思っていただければよい。私のような素人が参加するのはおこがましいが、本を売る立場の人が蔵書票を作るのは面白いだろうし、いい機会だから、ということで、師のありがたいはからいである。しかし、もっと指導してからデビューさせた方がいいんじゃないかと、私の方が師を案じてしまう。もっとも、こんな恵まれた機会もないだろうから勧められるままに申し込みをしておいた。版画で、身のまわりの品を作るのは楽しく、ポチ袋を刷ったこともあるが、蔵書票ははじめてである。これから約1ケ月の間に図案を考え、木版画で刷れるだろうか? これまでタコシェでは色々な方にフェアをお願いしてきたが、はじめて自分がよそのギャラリーに出品する側になる。展示されたり、売られたりする気持ちというのも味わってみたい。いったい、皆さんどういう気持ちで作品を送り出すのだろう? 展覧会は千葉県千倉にある山口マオさんのギャラリー&ショップ海猫堂で11月に行われる。

●00.09.19
タコシェ通信の原稿も完全にまとまってないまま、もう次号の予定だけは組まれている。そっち方面に詳しいI君の紹介で、近々、韓国ロックのギタリスト長谷川陽平さんに会う予定なのだ。長谷川さんが所属してたファンシネバンドなどなんとなく聴いてはいたが、改めて韓国ロックの何を知っているかと言えば、何も知らない。韓国にも旅行で一回行っただけ。しかも、ただ食べまくっていた…。そこでI君の指導のもと、一夜漬けの受験生のように用意していただいた雑誌のコピーだの、書籍の抜粋だのを読んだり、CDを聴いている。店をやっているおかげで怠け者の私でもこうやって、人のお世話になりながら勉強させていただけるのはありがたい。って頼りないか。ほかにも、外国の人との取引で外為を調べたり、税金の申告とかやらなくちゃいけなかったりと、店のおかげで絶対に自分から勉強しそうにないことを知ることができる。

●00.09.18
今日は10月14日から行う久住さんのフェアのために急遽チラシ印刷をする。「馬鹿でよかった」という本の発売を記念したフェアなのだが、編集のKさんが、今日、久住さんが某書店でサイン会をするというので、その場でチラシを配りたいと申し出てくれたのだった。私は「ちょっと、まずいんじゃない。よその本屋で違う本屋のチラシなんかまいちゃ」と心配したが、学園祭に燃える高校生のようにやる気になっていたKさんは「大丈夫ですよ。あちらにご迷惑にならないよう、置きチラシとか折り込みを頼むんじゃなくて、店から離れたところで私がそっと渡しますから」とガッツを見せたので、Kさんに話をつけてもらい、出版社のコピー機を借りて我々にしてはかなり凝ったチラシを作ったのであった。チラシを取りにきたKさんも「うわ〜かわいい」と喜んでいたが、急に「大丈夫ですかね…、本屋で別の本屋の宣伝なんかして…」と表情をくもらすので、「だから、やっぱり、まずいんでないの…。まあ配れなかったらそのぶんよそで配ればいいから」と言って送りだした。大分経って、律儀にもKさんから報告の電話が入った。「サイン会は無事終わりました。どうもお疲れさまです…いやぁ、とても…配れた…もんじゃないですね…チラシは私が贈本のときに添えたり、久住さんに家の近所で配ってもらいます…」。それはそうである。店の中や周りで配っては失礼だろうし、あんまり店から離れてしまうと今度は久住さんの読者と一般通行人の区別がつかなくなるので、結局どこで配っていいのかわからないのである。しかし、家の近所で配るって…。何をやっているんだ、わたしたち。やる気だけでなく、行動まで高校生化している。当の久住さんも久住さんで、いつの間にかシナリオ執筆を終え、朗読CDのために効果音をいろいろと買い込み宅録に着手したらしく、一般常識という逆風にあおられながら学園祭ムードの炎はめらめらともえあがるのであった。

●00.09.17
ホームページの通販用オーダーシートのためにとりあえずJAVA SCRIPTを学習しようとして、乗換駅の浅草橋の書店で本を探すがよいものがなく、隣の秋葉原で降りていつも行くソフマップで探したがないので、そのままお茶の水まで歩いたが思うようなものがみつからなかった。店に着き、インターネットで適当なオーダーシートを探し、そのソースを参考にして計算式を考える。ちょっとだけ計算ができるようになる。もうひといきだ。

●00.09.16
今日は、振込の書類の整理をした後、タコシェ通信のためのデータをまとめていたが、途中で睡魔におそわれたので、ホームページ上の通販のためのオーダーシート(計算機能がついているものにしたい)や、新しい納品者の方に自作を紹介していただくページのフォーマットを作る。オーダーシートの方は未完成。三連休中のせいか、いろいろな納品者の方がみえた。

●00.09.15
今日は家の近くでも店の周りでもお祭りで、タコシェが入っているビル〈ブロードウェイ〉の中も御神輿が練り歩いていた。ところで、家の近くの神輿は聞くところによると、都内でも1、2位を争う重量級の御輿らしく担ぎ手は次第に掛け声も失い、難行を見るようであったが、比べて中野の神輿は掛け声も盛んなうえ、縦ノリで元気であった。
 店につくと新刊が出たからと、鴨沢さんがシュークリームを持ってわざわざ来てくれて(シュークリームのことを忘れず書くように言われたので、書いた)、「かわいいしっぽのペロくん」にサインを入れてくれた。本にちなんだフェアも行おうという勢いなので、ガラス細工のほかにも、もし鴨沢先生に開発してほしいオリジナルグッズなどあれば、タコシェまでリクエストをください!。鴨沢さんはこの春、雪山で遭難したのに懲りてクライミングの訓練に励んでいるとかで元気そうだったが、クシー君のキャラクターグッズの中のひとつ、水晶玉を持ち歩くようになってから「登山と金運が好転」したと語っていた。(写真はサインを入れた新刊を持つ鴨沢先生)

●00.09.14
いつもは仕事中におやつを買いにぶらぶら出かけたりする私だが、今日は無駄が少なかった。(といってもたぶん普通のサラリーマンの1/5くらいの忙しさであろう)。なぜなら明日が祝日であることに気づいて、明日行くつもりでいたかかりつけの医院にあわてて行くという番狂わせもあって、遅れて店に出て振込作業をしたり、いただいたメールの返事を書いたり、久住さんのフェアのためのチラシの直しをしたりしているうちにもう終業時間近く。しかもこの後打ち合わせがあるのですぐに店を出なくてはならない(なんかスケジュールがいっぱいつまっている人みたいだ)。それでも、振込が済んで店に戻る途中、例によってコンビニによってカフェオレを買ってみたが、最近、悲しいのはそのコンビニ(サンクス)にあった、ひそかに私が上位にランキングしていたシュークリームがちっとも入荷しないことである。

●00.09.13
今日は店に行く途中、通り道にある浅草橋に寄る。この辺りは問屋が集まっていて、安いものが多いので、バンバンいく、という買い物の醍醐味が満喫できる場所である。私は本を入れるビニール袋だとか文具などの備品をよく買い物するが、店をやっているとそうした袋も消耗というか消費がはげしい。そしてお店や事務所を対象とした問屋ではそれらを大きな単位で売っている。なので運ぶのはたいへんなのだが、日常生活ではあまり使わないものをふだんでは使いきれない量買い物できるというのはとても気持ちいい。封筒300枚、CD袋200枚、ゴミ袋50枚とか。買ったよ!という確かな手応えがある。もしかして、皆さんはそういうのは小売業の人や事務所の人だけしか入れないと思っているかもしれないが、一見さんでも業者でなくても大丈夫な店がたくさんあるので、一度足を運ぶことをおすすめしておく。文具はもとより、掃除具、収納具、包装紙などいろいろ扱っていて便利である。一見殺風景にも見える地域だが、総武線の駅のガード下周辺には安い飲食店も多いのだ。

●00.09.12
久住さんのフェアのグッズはいろいろ出てきそうである。日常品に絵を描いた一点ものもたくさん作っていただけそうだ。来店日ももうけられそうなので、もし決まったらお知らせします。

●00.09.11
学生の頃、平積みの雑誌をわざわざ下の方からとって買う先輩を見て「なんで上から順番にとらないんですか」と尋ねると「上の本は傷んでいることがあるから」と聞いてビックリしたことがあった。私は本は読めればいいと思っていたし、雑誌など読んでいる間にどのみち多少汚れることもあるから、状態にこだわる流儀に軽いカルチャーショックさえ覚えた。そんなわけで初版本に対するこだわりもなく、むしろ版を重ねるほど校正が完全になっていいんじゃな〜い程度に考えている。古本屋に行っても、初版と版を重ねたのがあれば間違いなく安い重版ものを選ぶ。それどころか、同じ内容なのに初版でないがために価値を低くみられてしまう二刷り以降の本の方が不憫で同情したくなってしまう。ところで、本を扱うようになって、版元さんにお邪魔する機会ができて、書庫の隅におや?というものを発見したことがあった。消しゴムとヤスリである。はて?と思って尋ねると、書店の店頭に並んで傷んだり日にやけた本の裁断面を、よごれが軽いときは消しゴムで、重症の場合はヤスリでもってそっと削ってキレイにして、カバーをかけなおして出すのだと説明してくれた。本屋さんに出されていったんお払い箱になって戻ってきた本を人間がひとつひとつ手作業で磨きあげ新しい服を着せてあげて再び送りだしてあげるとはなんていい話だろう、と思った。あるいは、多少の年月にさらされようとも、その内容は褪せることがないという自信がそうさせているのか。本を手にしたとき、その断面にサックリ切り落としたのとは違う、微妙なヤスリをかけたケバだちを感じることがある。そんな本は、「今度こそ戻ってくるなよ」と送り出されてきたデキの悪いヤツというかんじで、ヤスリ跡の感触も暖かく、悪い気がしない。

●00.09.10
昨夜は、久住昌之さんの新しく出るイラストエッセイ集?「馬鹿でよかった」にあわせたタコシェでのフェアのために、編集のKさんと打ち合わせ(という名の居酒屋での雑談)をした。フェアは10月半ばを予定しているが、久住さんとも2度目だし、Kさんとは旧知の仲なので、ありきたりの展示にせず、変わったことをやりたいという気持ちが強い。特にバカなこと、くだらないことを!う〜んと、やりてえのである。幸い久住さんもKさんも、遊び心がわかる方たちである(私の一方的な思いこみではなければよいが)。本の中の情けない描写やらバカバカしい話などを、ポエトリーリーディングもする久住さんの重厚な声で朗読してもらってカセットやディスクを作ろう、などはしゃいだアイデアを出し合い、愉快になる。こういうグッズをフェアまでにできるだけたくさん考えて作れたらと真剣に思っている。

●00.09.09
そういえば、タコシェの名前の由来をよく聞かれることがある。93年にはじめて西早稲田に店を出したとき、借りていた一軒家の前身がタコ焼き屋で、建物の正面にデカデカと「TACO」とペンキで書かれていたことから、それを流用して店の名前にしてしまえば、名前を考えたり看板を作る手間も省ける、ということでタコシェとした。ちょっとフレンチな音をたしてタコ焼きのソース臭さを和らげたというか。大仰な意味やポリシーを持たない名前という点では私も気に入っているのだが、なにぶん、なじみのない音で意味がないのだから、はじめての人に伝えるには骨が折れる。お客様から問い合わせのあった本が入荷して電話を入れ、ご本人が不在でお母様が電話口に出られたときなど「タコシェという店の○○ですが」と名乗っても、「どちら様?」とまず聞き返される。「サシスセソのシに小さいエでシェ、タコシェです」と説明しても「タコ・セ?」などと問い直され、最後には「はい、タコセです」と大体のところで手を打っておくことになるのだ。それだけならまだよい。以前、振込のため郵便局に行ったときのことだ。その日はやたらと混んでいて、書類を出した後でつり銭と領収書を受け取るためにいい加減待っていたのである。郵便局員が客を呼ぶ。「タコエさん」誰も返事もしなければ、窓口に行こうともしない。局員はさらに大きな声で呼び続ける。「タコエさん、タコエさーん」。私は、待ちくたびれてボンヤリずいぶん変わったな名前だな…などと考えていた。さらに少し苛立ったような、局員の声。「タコエさん、タコエさんっ!」。タコエさん…って、名字、それとも名前? しかも、お釣りや領収書も受け取らずに姿を消すタコエさんって、名前の通りにタコ…。でも、どんな字をあてるのかなぁ。そのとき、ニュートンがリンゴの落下を見て重力を発見したように、私の頭の中に「タコ江」という綴りと大きな発見がヒットした。そう、江=シ+エ。店員の字の汚さが招いた悲劇である。はずかしいタコエさんとはほかならぬ私ではないか。衆人の前で、何度もタコ江さん呼ばわりされた私は訂正する気持ちも失せ、大慌てで「はい! はい! ここにおります(もう、これ以上呼ばないで〜!)」と必要以上にデカイ声で返事をするとバタバタと窓口にかけつけ、釣り銭と領収書をむしり取り、いそいで郵便局を出たのであった。

●00.09.08
今日は、ライブツアーで来日中のドラジビュスのフランクさんたちがタコシェに来てくれた。フランクさんはパリでビンボータワーというタコシェのように本や雑貨を扱うお店をやっている。以前、友沢ミミヨさんが日本とフランスをよく行き来していた頃は、それぞれの店の商品を物々交換する形での仕入れをボランティアで買って出てくれていた。そんなんでちょっと変わった品物がタコシェに入ることもある。今回、フランクさんはドラジビュスのかわいいCDとLPを持参してくれた。とてもかわいいサウンドだけどフランス人はこれをどう聞いているのだろう?またお店に来たとき聞いてみようと思う。
 それから今日はいいアイデアを思いつく。今後、ミニコミなどの納品者の方々に自作についての紹介を書いていただきこのサイトでアップしてゆきたいと思う。きっと面白くなると思う。お楽しみに。

●00.09.07
以前、この日記でも書いたオンライン上の書評がアップされた。版元さんたちが集まって立ち上げたサイトの中に仮想平台なるものををいただいて本を紹介している。初回ということで、基本をふまえるべく「本」そのものを扱った本〜製本関係の本を中心に〜をとりあげてみた。タコシェではミニコミをたくさん納品していただいているが、そうした方々にも参考になると思うのでご覧いただければ幸いです。ミニコミはもとより、一般の本でも製本に関しては疑問に思う商品が増えているので、興味のある方はご覧ください。
http://www.hanmoto.com

●00.09.06
今日は辛酸なめ子こと、池松江美さんがお店に来て、「ニガヨモギ」にサインを入れてくれた。秋に一緒に、ふたりの母校の学園祭に行ってみようという話もする。池松さんはまだしも私は中高生の中ですごく浮きそうな気もするが、ライブや芝居とは違った種類の刺激を得るべく勇気を出して女子中高生の中に乗り込むのだ。そう、ダイエットに取り組む人たちが自らに鞭打って走ったり泳いで汗を絞りとり美しくなるように、私も若い女の子たちの中に衰えの兆す我が身をさらし、厳しい視線を浴びることで毛玉のついたセーターさえものともしないようになった心の垢をこそぎおとすのだ。自らの水着グラビアを発表することで、女に磨きをかけているという池松さんと一緒に、私も母校を訪ね、彼女にあやかりながら美しくなるつもりである。

●00.09.05
少し肌寒くなってきた。毎年、夏の間、私はよくTシャツを着ている。なぜなら、そこにTシャツがあるから。以前は、お店でオリジナルTシャツづくりに燃えていて、どうしたら、少ない数でもいいシャツができるのであろうか、研究に余念がなかった。最初、松沢呉一が、カラーコピーを使ってアイロンプリント用のシートに絵柄を転写するキットがあるというのを聞いてきて、それを買おうと言い出した。使用するコピー機によってシートを選ぶのだそうで、機種を指定しなくてはならないのだが、我々が白黒コピーはもとよりカラーコピー機など持っているはずはない。コンビニのカラーコピーも一般的ではなかった。そこで、なんとなく出入りできそうなよその会社のコピー機に目をつけ、その機種で発注をした。これで、Tシャツがざくざくできると喜ぶ私たち(かなり大胆)。当時としては大奮発した数万円のキットが届き、「ちょっとコピーをお借りしまーす」などと図々しくよその会社にあがりこみ、「どうも、おじゃましてまーす」と愛想をふりまきコピーをとる私。しかし、いざアイロンを使ってシャツに転写しようとするとうまく定着しない。熱いうちは粘ついて絵柄を含んだ素材がシャツとシートの間で納豆のように糸をひくし、冷めるとシートごとガビガビに固まってとれやしない。3枚トライして1枚成功すればいい方。そんなわけで失敗作だけが増え、店員に「パジャマがわりに着てちょうだい」とケロイド状のシャツを押しつけることになる。かくしてまたコピーをとりにゆくのだが、あるとき、その会社の人に「なに?コピーって、全部カラーだったの?ちょっとヤメテよ〜」と追い返され、数万円をはたいて買ったキットは使いみちを失った。しかし、その後もめげずに研究を重ね、我々はTシャツを作り続けた。営業の終わった店で、コーチのように指図する私のもと、床に正座してアイロンがけする店員の姿が見られたこともあった。そうした試行錯誤の末、辿りついた結果は我々にTシャツを作ることは無理、業者に頼め、であった。そんな経験もあってか、スタッフシャツやプロモーション用のTシャツをいただくと、ありがたく着ている。シャツを着て街を歩いているとロゴを見てその会社の人と間違われたなんてこともあったけど。

●00.09.04
最近、私の悩みのひとつに「どーもでーす」は挨拶として○か×かというのがある。個人的には×なのだが、これを自分が言われた場合や、店員が使うことに対してどう対処していいものか悩むのである。あるいは自分が客としてブティックなどに足を運んだときなぞ、初対面の店員さんから笑顔で「こんにちはー」と言われると一瞬凍りついてしまう。いずれも日常使われることには抵抗はないがお店という場ではひっかかるのかもしれない。不愉快ではなく違和感の域だが、この違和感もキープしていればいずれは慣れてくるものなのだろうか?

●00.09.03
(テレビの話の続き)それは寒い冬の日のことであった。夜になり外は雪で客足もとだえたので、私はなにげなく、ホットココアを買いに行き店に戻ってみると、いつの間にかテレビのクルーがレジのところに待機していた。キョトンとする私にスタッフのひとりが「今ここで、クイズに答えていただくだけでいいんですが」と話しかけてきた。私は「はずかしいからいやだ〜」と逃げながら取りついだイトーを睨むと、イトーは低い声で「お店のタメです」と言う。そこで私はテレビスタッフに向き直り「ホントー?」と様子をうかがうと、交渉係らしき男性がニッコリ頷いた。念のため「お店のことを喋らせてもらえますか?」と訊くと、やはりニッコリ頷くので引き受けることにした。クイズの方は、テレコから流れる音楽の題名を答えるだけの簡単なもので、正解した。しかし、私にとっての本番はこの後である。スタッフに促され、ひとくさり店の概要を語る。本当は私の顔などより、店内や商品を撮ってほしかったが、こういう状況でいちいち注文をつけるのも厚かましいかと思い、とりあえず喋った。撮影を終えて最後に例の男性が「お年はおいくつですか?」と訊くので、あわてて「いやだー、全国のお茶の間になんで年をバラさなくちゃいけないのよぉ」と照れるふりをしながら、激しく拒絶したので、そのまま撮影の人々は帰っていった。それっきり、放送のことは忘れていたが、後日、弟の中学時代の同級生から「おねーちゃんをテレビで見た!」と実家に電話があったらしい。さらに学生時代の友人や同じ建物の古本屋の店員にも放送を見たことを告げられたのだが、その店員によれば店の紹介は一切なく、私の映像についていたキャプションは「カルトショップ店長」。しかも実際より5才ほど若く年齢が出ていたことがわかった。2才年下の弟の同級生をはじめ私の知人たちはみな「よくそこまで嘘がつけるよ」と呆れたり苦々しい気持ちで見ていたに違いない。

●00.09.02
学生時代の友人たちと久々に食事。映画関係の仕事をしているKからアキ・カウリスマキ来日時のちょっといい話を聞いて、ますますカウリスマキファンになる。

●00.09.01
タコシェはたいへん狭いのでおいでいただいたお客様にも窮屈な思いをさせてしまうことが多いと思うのだが、そこにひしめく棚や備品などにはそれなりの思い出がある。まず、CDラック。これはタコシェが現在のお店に移るとき、お店同士で親交のあった高円寺のマニュアルオブエラーズが譲ってくれたもの。台車を持ってとりにゆき、ビルの3階から運びおろして、中央線にそって一駅分ガタゴト押して運んだもの。ポストカード立ては2代目で、初代は岸野雄一が通りかかった文房具屋が捨てに出しているのを見つけて、タコシェで使うようなら貰っておくネと交渉して届けてくれたもの。岸野雄一はこういうときでも「頼んであげる」などと言わずに、「タコシェで使う? じゃあ、お店の人に言っておいていい?」なんてすごい優しい言い方をする。現在のカード立ては空き地に打ち捨てられているのを津川が見つけて、イトーが拾ってきたのを修理して使えるようにした。ほかにも、最近まで、カラオケスナックが捨てたカセットケースを使っていた。そんなわけで店の中はちょっとゴミゴミしているが、そのぶん地球をキレイにしているわけである。