- Diary aug.2000 トップへ
- 2000年9月の日記
- by Ayumi NAKAYAMA
- ●00.08.31
- 人前に出るのが苦手な私だが、店員として?なんと2度もテレビに出たことがある。それも、特徴あるお店の店員としてではなく、ほんとうに単なる偶然で。1度は例によって例のごとく本を運んでいる最中、中野駅前で、手提げに入りきらない本を抱えて歩いているところを、衛星放送のブックレビュー番組のスタッフの目にとまり駆け寄られた。街ゆく人の読んでいる本について感想を聞くという趣旨の取材であった。そのとき私が手にしていたのは梶原一騎の自伝マンガ『男の星座』であった。なぜかこういうときに限って。「仕入れた本です」と断るのも興ざめだし、本を売る者としては少しでも売り物を紹介すべきであろうと判断し、どういう本かとの質問に対して、破天荒な男の生き様が熱〜く描かれていることを一所懸命に説明した。さらに追い打ちをかけるようにレポーターは「なんで3巻と7巻と8巻というふうにバラバラに持っているんですか?」と鋭いところをついてきた。まさか、ここまできて「なくなった在庫の補充で」とは言いにくいので、「ほかの巻を読んで面白かったので、全部揃えたくなりまして」と適当なことを言い、お礼のボールペンを受け取ると逃げるようにその場を立ち去った。もうひとつはというと、放送された内容を後から知ってとても恥ずかしくなったのだが、話が長くなるので、それはまた改めて。
- ●00.08.30
- タコシェでもB本といって、版元が在庫処分などのために本の底に赤い線を引いたりBというハンコを押してたうえで卸した特価の本を扱っている。在庫処分品なので、むべなるかな、というものもあるのだが、たまに掘り出しものにぶつかることもあるから、ラッキーを期待して、店に出る前に神田に立ち寄ることがある。本屋というと、知的でキレイな仕事というイメージもあるかもしれないが、本は結構重いので、力持ちでなくてはできない仕事である。まして、乗り物の運転ができない私は、うんと力持ちでなくてはならない。そんな運搬事情もあってか、最初のうちは、仕入れにゆくと、店の人から必ず「おたく書店さん?」と訊かれた。そうなのだ、同業者に女性は珍しく、ときどきご夫婦のような中年のペアをみかけることはあっても、私のように一人でやってくる若い?女性に出くわしたことはない。おじさん率が異常に高い。当初は、あまりに「おたく、書店さん?」を連発されたものだから、いい加減覚えてくれよ〜と思いもしたが、あるとき出入りのおじさんが、店に入るときに「ちわーす」と声を掛けているのを発見し、私も「こんにちはー」と挨拶しながら流すことを覚えたら尋ねられることもなくなった。こうやって、おじさんたちにまみれて本を探し、たまーに私なりの「おっ」というめっけもんに出会ったときは、帰途、ひっそりと祝いの席を設けることにしている。昼食をとるために入った近くの定食屋などで、向いの席、すなわちテーブルの上にその日の収穫である本を置き(ハードカバーで厚みがあるときはちゃんと立たせて置いてみたりもする)、箱や表紙を眺めながら、さしでご飯を食べるのである。私が一緒にご飯を食べた本がほかの誰かとまたお茶をしたりご飯を食べる幸運に恵まれればなおのこと嬉しい。
- ●00.08.29
- タコシェでは作家の方からご協力をいただきて、サイン本を入れることが多い。私自身はご本人の前で自分の分のサインを頼むのは照れくさくて本は持っていてもサイン入りは滅多にない。むしろ、学生時代など一読者として作家にお目にかかったときにいただいたサインの方が多いような気がする。たとえば状況劇場を観に行った折り、真後ろに、著者近影そのままに黒のタートルネックのセーターを着た澁澤龍彦氏がいることに気づき、舞台の方は気もそぞろに芝居がはねてから文庫の『毒薬の手帖』にサインをいただいたことなど、その偶然の妙も手伝ってか鮮明に覚えている。細いペンの筆致は、その後本が経てきた10数年の歳月の向こうにある、唐十郎がいて、澁澤龍彦がいて、四谷シモンがいたあの夜のブックマークのようで、眺めるだけで鼓動が高まる。ときどき、お忙しい作家の方にご無理を言ったり、子供のおつかいのように何冊かの本を持っていってはサインを入れていただいて帰ってくるといった仕事をしながらふと、これもまた何かにつながってゆくのであろうかと考えることがある。
- ●00.08.28
- 昨日は具合が悪いわけでもないのに店に出るのを休んでみました。こうした時期、具合が悪いというと食中毒を連想する。だらしない話だが、店ではときどき食べ忘れられたままの菓子が置きっぱなしになっていることがあり、そんなときイトーは必ず津川に「津川さん、いかがですか?」と聞いている。というのも、以前、店にあった菓子を、イトーにすすめられて私が一口食べてみたところ、甘いはずの菓子がどうも酸っぱい。それで「これは何? ソーダ味とかそういうものなの?」と聞くと、普通の菓子だという。「自分でも食べてみた?」と聞くと「甘いものは好きじゃないから食べてません」などと言うので、「ちょっと食べてごらんよ」と無理矢理食べかけを押しつけると、わかったのだかわからないのだか判然としない様子でむしゃむしゃと全部食べきって「腐ってるー」と騒ぎ出すではないか。「ほらー。でも、どうして全部食べるまでわからないのかねぇ」なんて言っていると、脇で津川が平然と「私も全部食べましたけど、そういう味だと思いました。果物も熟して腐る手前が一番おいしいですから」と仕事をする手を休めることもなく言ってのけたのである。私はあわてて津川とイトーに「体に変調が現れたら、すぐ報告してね」と言ったが、それも取り越し苦労だったようで二人とも無事に仕事を終えた。しかし以来、津川は我々の間で一目置かれるようになったのである。
- ●00.08.26
- 昨日、最初に日記を書いたときは、鴨沢さんがずっと下痢で、このまま死んでしまったら追悼フェアを頼むと言われたことを書き、私が「死んでもいい、追悼フェアも開くから、売り物を残さないうちは垂れ流してでも死なずに作品づくりを!」と声援を送ったところ、鴨沢さんもそれに応えてガラス細工を作りたいと連絡をくれた経緯を記した。最後には「下痢っ腹から活力を絞りだして磨きあげたガラスのきらめきはさぞ美しいであろう」と、結んでみたが、ちょっとひどかったかなと思い、書き直して鴨沢さんには「お腹こわしてること書いちゃった!」と電話を入れたら「下痢? いいよ、いいよ、別に」と太っ腹(でも下痢腹)なことを言ってくれた。おお、優しい。それで、改めて本来のやりとりを書いてみたのだが、心配だったお腹は快方に向かっているらしい。鴨沢さんのガラス細工というのは、やきもののようにして作る工法で、本の内容に合わせて犬型の置物を作ると言う。やきものもそうだが、大きな塊を焼くと割れやすいので、デザインも思案中だとか。
- ●00.08.25
- 昨日、カウンターのことを書いたら、早速、アドバイスをいただいたので付け替えてみた。数日前に漫画家の鴨沢さんからいただいたメールでは少々お腹の調子が悪いとのことで、さっそく身近な野草でつくれる野草茶のことなどを書いておなか対策を講じた。それで、鴨沢さんも少し気を取り戻したのか、今度出る単行本にあわせて、タコシェ用にガラス細工を作ろうかなどと言う。できるといいな、ガラス細工。
- ●00.08.24
- このホームページをよくご覧になっている方なら気づいているかもしれないが、トップページにあるカウンターが、どういうわけか、更新すると0に戻ってしまうことがある。従って数が増えないどころか減っていたりもする。これまで、一番多かったときで1200。進んでは戻りの繰り返しで、双六状態といおうか、賽の河原の石積みといおうかシュシポスの神話といおうか、もうはっきり言って通算何人なんだかわからない。しかし、バナーや広告のないカウンターを見つけるのが面倒くさいのと、自分でカウンターを作る暇があればデータベース作りをしたいのとで、手がまわらない。
- ●00.08.23
- 昨日のことであったが、地方のお客様から電話で本のお問い合わせをいただいた。タコシェにも入荷していた本であったが、限定本で版元に在庫がないうえに返本も望みうすで、補充できないでいる本であった。そうした事情をお客様に伝えて「もしかして、都内の○○あたりだったらまだ在庫を持っている可能性があるかもしれません。版元にも今はないはずですから、そちらのお店に問い合わせてみるという方法があるかもしれませんね」とつけ加えておいた。発注点数を読み間違えてこうやってほかの店を紹介することになるのは、店員としては、正直、嬉しいことではない。しかし、自分の店で再入荷の見込みがたたない以上、お客様にまでその不自由につきあわせるのは申し訳ないので、時間と知恵のおよぶ限りで役立ちそうな情報を提供するようにはしている。でもって、電話を切ってしばらくした後、同じお客様から再び電話があった。運良く、最後の1冊の在庫があって、取り置きできたとのことでてお礼を言われた。丁寧な報告やお礼、喜んでいただけた様子とバッチリ読みが当ったことで、私も嬉しかった。ときどき、こんな風にお客様に、お礼を言われたり、感想を伝えられると、嬉しい。ただ、親切なだけな人で終わらないようにしなくては、商品確保が大事だよ…。
- ●00.08.22
- 最近、なるべく実が詰まった本を読みたいと思うのは、向学心よりも、コストパフォーマンスを無意識に気にしているせいなのだろうか? 通勤電車の中ですぐに読み終わってしまうような本よりも、だらだら楽しめる小説やドキュメンタリーの方が得な気がする。不景気と重なって世間一般では近頃、本の売れ行きが落ちているというけれど、それなら、なかなか読み進められない難解な哲学書や小さい活字がびっちり詰まった本は逆に歓迎されてもよいではないか? 確かに「静かなドン」とか「チボー家の人々」のような長い小説を読んでいたのは、お小遣いの少ない中学生の頃だったと思う(もっとも時間はいっぱいあったけど)。みなさんはどうなのであろうか?
- ●00.08.21
- 今日はお店に出る前に、タコシェ通信のインタビューのために辛酸なめ子こと池松江美さんに会い、お話を伺った。二人で、ハンバーガー屋でシェイクを頼むと、トレイを池松さんが運ぼうとしたので、あわてて「いいです」と、奪い返そうとして、シェイクを床にぶちまけてしまった。おっ、いかん、と思って、拾おうとしたところ、もう一個も床に落とし、狼狽。なんとか自分で後始末せねばと思ったが紙ナプキンごときでは流れは食い止めきれず、お店の人に片づけを頼むと、店員さんは新しいシェイクをすぐに出し、その場を引き受けてくれた。席についてから、「あっ、新しいシェイクのお金を払ってない!」と、シェイク代220円に消費税を加えた231円、財布の小銭をかき集めて立ち上がった私に、池松さんはファーストフード店でのバイト経験から「マニュアルに、代金をもらわないでいいことになっているんだと思います」とアドバイスしてくれたが、「明らかに私に落ち度があるんだから、払ってくるわ」と大事な取材対象を置き去りに、階下のカウンターへ走った。威勢よく「さきほどのシェイクの代金です」と握りしめていた小銭をカウンターに置くと、店の人は「実際に召し上がった分の代金しか頂戴しておりませんので…」と、納得ゆく説明をしてくれた。しかし、それよりもなによりも、目の前の小銭は、231円に全然足りてないではないか。もう、すんごく、はずかしかった。(池松さんには失礼したが、彼女と私は、実は同じ中学・高校の先輩後輩の関係なのであった。そんな甘えもあってか演じてしまった失態。行動だけみれば私の方が後輩だが、見てくれ通り私の方がう〜んと先輩である)
- ●00.08.20
- データベースの方はどうなっているのかと思われている方もいるかもしれない。数日前に9割方できたように欣喜雀躍していた私と津川であったが、詳しい人に聞いてみると「自分流のWEBデータベースに育てていくのはこれから」なのだそうで、富士登山に例えるなら、我々は、ようやく登山道の入り口についたところなのかもしれない。遭難しないようにしたい。今はさしずめHTML言語の樹海の中である。
- ●00.08.19
- 本当は昨日は木版画に行くはずであったが、予定が変わってお休みとなった。版画をはじめて、この夏で2年になる。お店でリトグラフやシルクスクリーンを扱うことから、版画のことを知りたくて、近所にある新日本造形の工房に通い出したのだった。ここでは、初心者を指導してくれる先生がくる日もあって、お店を抜け出し、リトを刷ったり銅版画を作ったりした。その後、木版画の宇田川先生に弟子入りして、今まで指導していただいている。タコシェで絵を扱うようになってから、絵を買って自分の部屋に飾って暮らすことが、王侯貴族の趣味でなく、花を活けたり、椅子に凝るような生活の延長であるように感じられ、版画のことを理解して、安くて本物の作品を提供できるようになりたいと思ってはじめたのだが、ミイラとりがミイラになってしまい、今では木を彫っていると、犬が穴でも掘るように夢中でいられるので、続けている。追々、版画のこともお話しましょう。
- ●00.08.18
- 今、私はweb上に仮想平台を作って本を紹介するという、ブックレヴューを書いているのだが(それはいずれ版元ドットコムというサイトの中にアップされる予定)、そのために、本のデータも調べなくてはならず、これに思いのほか手こずっている。例えば、本の裏表紙に印刷されている、いくつもの数字がハイフンで繋がって並んでいるISBNコード(検索の際にもよく使われる)。手元の古い本にはこのコードがついていないものもある。しかし、版を重ねて新しいものになっていれば、それにはコードがついているかもしれないし、版を重ねていなくても、コードはとっているのかもしれない、などと考え出してしまう。そもそもISBNコードとは何なんだ、誰が決めたんだ、と本をさんざん扱ってきていながら、いまさら壁にぶつかり、昨夜はISBNコードのことばかり調べていた。簡単に説明するとISBNコードは81年ころから書籍につけられるようになり、83年からは分類コードや定価コードと組み合わせて表示される形となった。ISBNの先頭の桁は国の記号だが、発行された国ではなく書かれている言語を識別している。日本語は4。これに続く8桁が出版者コード+書名コードで、出版者コードの桁数は2〜7の間なので2桁の出版者は残る6ケタ分つまり100万点まで書名コードがつけられるのに対して、7桁のところは10点までしかつけられない。ちなみに出版者コード00は岩波書店で、2桁のコードはもう満員状態らしい。でもって最後の1ケタがチェック数字。このコードは商業出版物だけでなく、規定を満たしていれば、料金を払って登録したうえで取得できるため、学術論文などにもつけられる。91年からはISBNコードはバーコードと組み合わさって使われるのが一般的になっている。また、最近ではこの数字を入力することでバーコードを印刷するソフトもあるなどなど、いろいろなことがわかってきて嬉しい。昨日より確実に頭がよくなった気さえする。しかし、仕事の方はさっぱり進んでいない。
- ●00.08.17
- 今日はタコシェに納品してくれている漫画家のタマゴで、4コマガロに作品を寄せている浅田君がやってきて、ロフトプラスワンのイベントに日参し以前から好きだった大槻ケンヂにサインを貰った感激を実物を見せながら、あつ〜く語っていった。「生きていてよかった」とまで言う。サインという行為がこれほどまでにありがたいとは。お店でサイン本を扱う身としては励みになる。
- 〜今日はお店からのお知らせも。
- タコシェでのお品物の取り置き期間は2週間までです。なんらかの事情で、どうしても2週間以内にお見えになれない場合、予め確実に取りに見える日時をお知らせください。また、予定が変わって都合がつかなくなってしまった場合なども、同様に御連絡いただければ、お約束の日時まで延長をいたします。御連絡のないまま、2週間をすぎた場合、キャンセル扱いとなりますので、御注意ください。
- ●00.08.16
- お店は営業しているが、注文の電話などしてもお盆お休みの会社も多く、なんとなくダレ気味だったので、これではいけないと思い、NTTにIP接続の相談や申し込みに出かけたり、銀行の振込などしてみる。仕事柄、いろいろな銀行の振込機を使うが、どうして銀行によって、操作や手数料が違うのかと疑問に思う。たとえば、振込先を間違って入力した場合、相手先が照合できないということでたいていの銀行は手続きを受け付けなくなるが、中には手入力画面に切り替わってお金を受け付けたうえで後日、照合できなかったといって呼び出すところもある。出かけてゆくと、元の自分の口座にお金を戻すためには840円が必要だと言われるのだ。たぶん手続き料が105円とかなら、そんなものかと思うかもしれないのだが、840円となると、「ランチ一食分、いや立ち食いそばなら2杯いける」という頭が働いて「納得できない!」といってそのまま帰ってきてしまったこともあった。あるいは機械のところに計算機のついている銀行とない銀行とがあって、ないと不便なので、お客さま係に「ぜひ、とりつけてほしいです。私としてはディスカウントショップで売っているような安いやつで十分です。よろしくお願いします」とお頼みしてみたのだが、願いはまだ聞き入れられていない。
- ●00.08.15
- 店は昼の12時から夜8時までなので、昼御飯を食べないで店に出たときは、血糖値が低めの私は途中でおやつを買いに出ることが多いのだが、最近は周囲のチェーン店のケーキ屋やコンビニで紙パック・カフェオレと100円シュークリームを買っている。そうやって食べまくり、飲みまくって、私の中の最優秀シュークリーム大賞と最優秀カフェオレ大賞を決定したいと思っているのだ。いくつか試し、今日はじめて、この展望を津川に打ち明けたところ、彼女も近所の缶カフェオレの飲み比べをしていたそうで、下のパチンコ屋の前の自販機は量は多いが味がいまひとつだとか、缶カフェオレの蘊蓄を語りだすではないか。店員のひそかな愉しみ、パック飲料飲みくらべ。終戦記念日にちっとも関係ない話である。
- ●00.08.14
- web上で公開するデータベースの試作第一号ができた。とりあえず、店員の津川に見せて「ここまでできたってことは、大筋はもうできたと思っていいってこと?」と聞いてみると「そうですよ。すごいですね」と褒められる。本当かなぁ。喜びを分かち合っているこの瞬間、私たちが世界でもっともおめでたい二人になっていないことを望む。
- ●00.08.13
- 今日は渋谷のアートワッズにタコシェ通信に4コマ漫画を描いてもらっている河井克夫君とキクチヒロノリさんの二人展を見てから店へ。会場に河井君がいなかったのでテーブルの上に誰にもことわらずにそっとお菓子を置いて帰る…。最近は、お店の商品リストをデータベース公開することを考えて、データベースソフトのマニュアルからホームページ作りのマニュアルなどなどよく理解できないマニュアルをとにかく読んでいる。わからないところで止まってしまうと先に進まないので、とにかく読んでいる。とりあえずのフォーマットはもう少しで作れそうな気がしてきた。
- ●00.08.12
- 世間はお盆である。台風も接近中だ。しかし、タコシェには関係ない。年中無休で営業しているので、帰省や行楽の予定のない方はタコシェにいらしてください。
- 今日は、ヨーロッパツアーから帰ってきた、マルタさん(エコー・ユナイト/プノンペン・モデル)が納品に来てくれたので、独・仏・伊・英ツアーのことなどを聞く。ヨーロッパではスクワット(人の建物に無許可で居座ってしまう人たち)が流行っていて、ライブハウスなどもスクワットのものが多いらしい。ただし、国によってスクワット事情はかなり違っているそうで、ドイツはベルリンの壁崩壊以降、スクワットが急増したけど、あれから10年が経って、取り締まりと戦いながら不法に住まう側に疲れが出てきてパワーがなくなってきているのに対して、パリのそれは、不法入居者でもある一定期間気付かれずに住んでしまうとそれなりの居住権を認められることを逆手にゲーム感覚でスクワットを楽しんでいるように見えるとのこと。マルタさんが一番気に入ったのはイタリアのスクワットで、陽気でありながら居場所がほかにないという切実さを抱えているため、共同で場所を作ったり守る意欲満々で頑張っているらしい。それと、ヨーロッパのどの田舎町に行ってもピカチューが必ずいたのにはびっくりしたとも語っていた。
- ●00.08.11
- 冷たい飲み物を買いにコンビニに行った帰り、ちょっと変わった街宣車が目に入る。たいてい右翼の街宣車は黒やグレイなのに、その車はずいぶん小型で派手である。中を覗くと、運転している男に見覚えがある。鳥肌実であった。こっちが気付くと同時に向こうも気付いて、信号待ちしている車のドアを開けて挨拶してくれた。こちらも挨拶して納品を頼んでおいた。
- ●00.08.10
- 週末からのつげ忠男展のために額装用のマットを世界堂に注文したり、模索舎に寄ってみたり、紀伊国屋を覗いたり、高野にふらりと入ったりして寄り道しながら店に出る。つげさんの絵を北冬書房さん経由で届けていただく。すごく、いい。とても風情のある絵もあれば、シュールなものもある。
- ●00.08.09
- 松沢呉一がテレビに出演する関係で、プロフィール映像用にとタコシェに制作会社の方が撮影にいらしたが、我々がお構いせずにいつものように仕事をしている間にいつしか撮影は終わっていて、丁寧な御挨拶とともに引き上げてゆかれた。17日と24日の深夜にTBS系で放映されるそうである。
- ●00.08.08
- 今日は品物を受け取るべく丸尾末広先生のお宅へ伺うが、店番に入っていたために、早い時間に行けず夕方になり、その後で予定のつまっている丸尾さんを焦らせ御迷惑をかけてしまう。なんとか、原画類と本をお預かりしておいとまするが、荷物が多くて往生。思いきってタクシーを拾う。お金はかかるが、今年の夏は旅行に行く予定もないので、なじみのうすい裏通りや抜け道を走ってもらって都内旅行をしたこととする。これで小バカンス終了。店に戻って品物の整理をしていたら、タコシェ通信のデザインをしてくれている伊藤さんが、“おからドーナツ”を差し入れてくれた。お腹がすいていたのでナイスタイミング。私たちの店が入っているブロードウェイというビルの地下の豆腐屋さんで売られているもので、これがかなりおいしい。
- ●00.08.07
- 実はホームページをはじめたものの、これまでお店の中でのコンピュータのネットワークがカンペキではなかった。いつでもマシーンを接続するのには苦労していて、何年か前にはじめて2台のコンピュータをつないだ時などは、「じゃあ、この管とその穴をつないでみる?」なんて店員に言いながら、あてずっぽうにあれこれ配線・設定しては試して、つながったやつでGOてなこともあったのだが、今回はたまたま購入したルーターとマシンのOSがあわなかったみたいで、フリーズしたり、起動すらしなくなってしまったのだった。さらにルーター問題が解決した後も、ソフトの共有がうまくいかなかったりと手こずっていたのだが、今日、設定をいじくっていたら、「お、これじゃん。なーんだ」というのがわかった。これで、私の作業環境も整った。やっと店員たちと同じようにデータを共有できるようになったのだ。人の作業の邪魔をせずに、データを見れるのだ。(これまで、店員たちが席を立った隙に、空いた席に座ってデータを開くことのできるコンピュータを横取りしていたのだ)少しずつだが、お客様からお問い合わせのメールなどもいただくようになってきた。嬉しい。
- ●00.08.06
- 特に何もない日曜日。ワイズ出版からつげ忠男さんの釣り漫画「舟に棲む」の1.2巻の見本が届く。つげさん初の長篇ということで、いっぺんに2巻! 仕事のまにまに釣りがあるのか、釣りの間に仕事があるのか、淡々と続く釣り物語。平野甲賀さんの装丁もステキです。週末には店頭に並びます。
- ●00.08.05
- つげ忠男さんと連絡。今回の展覧会はすべて描きおろしで作品数は30点。殆ど描き終わっているとのことだが、この週末に最後の数点の仕上げをすれば完成とのこと。新刊もなんとかフェアの初日に間にあいそうとのこと。どんな絵ができているのかすごく待ち遠しい。貸本漫画の原稿もなんとか整理終わり。しかし、あまりにバラバラになって原稿がミックス状態のものは、多分、あの作家が描いたものかな、と推察はできても、調べようがなく、どうしたものか課題である。
- ●00.08.04
- 今日は早見純先生がふらりとみえて、「血まみれ天使」にサインを入れていってくださった。
- ●00.08.03
- 店では貸本漫画原画フェアに向けて、今、原稿を整理しているが、ざっくり束になっている原稿はノンブルの写植が落ちていたり、ページがとんでいたりで、なかなかはかどらない。作業をしている店員が「読んでいるんじゃないのか」と思うくらい遅いのだが、いちいち前後と照合しようとして滞っているようだ。もう少し整理できたら、内容などをお知らせできると思います。私はwebでの商品リスト公開に向け、ちょっと作業を開始。
- 00.08.02
- ●太田螢一さんから電話をいただく。フェアに向けてのグッズの件である。我々はもう何ヶ月も進捗のないまま、グッズのことを電話で語り合ってきた。あれを作りたい、これを作りたい…。作りたいものはよくある文具や小物だが、太田さんは、よくあるのとはちょっと違った形を提案し、そんなものあるかなぁ、できるかなぁ、なんてことを互いに言って電話は終わるのであった。グッズ展開といっても、内実は家内制手工業だ。太田さんの好みやリクエストにこたえるべく、私が問屋をまわって素材のサンプルを探さなくてはならないのであった。しかし、正直言ってここしばらく、ほかのことにかまけてそれをさぼっていた。「やはり、このだらしな〜い性格からいいますと、期日を設定してですね、自分で自分を追い込んで仕事をしないとだめです!」という私に対して「僕は着々とやりますから、お尻をたたきますよ」という太田さんの優しい声の厳しい内容。さらに太田さんは「僕は後々お客さんが買ってよかったと思うものを作りたいんだよ。伝説になるようなものを作りたいんだ。だから、たのみますよ」とまで語った。そこまで言われると「はい、すみません、す、すみません」と恐縮するばかりである。そうやって叱咤激励され電話は終わった。そういうわけである。